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インドの宗教とキリスト教 講談社学術文庫2842
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インドの宗教とキリスト教 講談社学術文庫2842

ルードルフ・オットー(著者), 立川武蔵(訳者), 立川希代子(訳者)

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インドの宗教とキリスト教 講談社学術文庫2842

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 講談社
発売年月日 2024/11/14
JAN 9784065376744

インドの宗教とキリスト教

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2025/04/20

本書の概要と比較の視点 本書は、ルドルフ・オットーがインドの宗教(特にヴィシュヌ信仰における献身=バクティ)とキリスト教(特にルター派)を比較し、両者の類似点と相違点を深く考察した研究。 単なる教義比較に留まらず、神学、宗教体験(特に「聖なるもの」の感覚)、倫理観、救済観など多...

本書の概要と比較の視点 本書は、ルドルフ・オットーがインドの宗教(特にヴィシュヌ信仰における献身=バクティ)とキリスト教(特にルター派)を比較し、両者の類似点と相違点を深く考察した研究。 単なる教義比較に留まらず、神学、宗教体験(特に「聖なるもの」の感覚)、倫理観、救済観など多岐にわたる視点から、それぞれの宗教の核心に迫る。 キリスト教の絶対性を自明とせず、東洋の宗教を真摯な「ライバル」として捉え、本質的な違いを明らかにしようと試みる。 類似点として、人格神への「一点への集中」(献身、深い信頼)、恩寵による救済(「ただ恩寵のみ」「ただ信仰のみ」)といった思想や表現を指摘。 一方で、根本的な相違点として、神観(唯一絶対神 vs 多様な神々、最高我)、世界観(被造物への奉仕 vs 世界からの解脱)、罪と悔い改めの概念、輪廻思想の有無などを強調。 主要な比較テーマ 神概念と神的体験: 両宗教とも、人格神への愛と信頼(一点への集中)を求める。神は「絶対に信頼しうる本質」として体験される。 神的体験はまず感情的に生じ、概念的把握が後から伴う。感情体験は似ていても、どの理念が「中心的」かにおいて構造が異なる。 行為・業と恩寵: インドの「行為(カルマン)」の思想(行為が来世を決定する)に対し、キリスト教は「恩寵」による救済を強調。 インドの献身思想にも恩寵の概念はあるが(ラーマーヌジャ等)、行為の放棄や解脱思想(シャンカラ等)との関係性が複雑。 両宗教において、恩寵と人間の自由意志や努力の関係は重要な議論の的。 世界観と倫理: インドは「世界否定的」(現世は仮象、解脱が目標)、キリスト教は「世界肯定的」(神への奉仕は他者・世界への奉仕を含む)と単純化されがちだが、オットーはこれを相対化。 キリスト教では他者(見える兄弟)への愛なしに神への愛はありえず、他者への奉仕が信仰実践の重要な領域となる。 罪・赦しと救済・解放: 両宗教とも、堕落した状態からの救済を説くが、「罪」の概念が根本的に異なる。 キリスト教における「罪」は神に対する負い目であり、深い悔い改めと「赦し」による「救い(Erlösung)」が中心。 インドにおける究極目標は「解放」(輪廻からの解脱、アートマンと最高我の一致)であり、必ずしもキリスト教的な罪の意識や赦しを前提としない。パーパ(悪、罪)の概念も異なる。 個と共同体: キリスト教でも神と個人が直接向き合う体験(個の強調)はあるが、他者との共同体的関係が完全に失われると本質から逸脱する危険性がある。 イエス・キリストと啓示: キリストは律法主義を打ち破り、預言を「成就」した存在。その思想はパウロ、アウグスティヌス、ルターらによる「律法」対「恩寵」の戦いへと展開。 キリスト教的な人格観(変化・再生の可能性)と、インド的な不変の真理(アートマン)の探求という違い。 結論と現代的意義 オットーは、インドが将来、キリスト教との深い対比を自覚することを期待する。 しかし、どちらが「絶対」かという理論的思弁で決着はつかず、真の理解には異なる視点、異なる「目」(ダルシャナ)が必要だと結論づける。 安易な同一視や折衷主義を避け、各宗教の固有性を尊重する姿勢は、現代の異文化・異宗教理解において重要。 宗教の本質、救済の意味を深く問い直すきっかけを与える。

Posted by ブクログ