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武士の介護休暇 日本は老いと介護にどう向きあってきたか 河出新書076
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 河出書房新社 |
| 発売年月日 | 2024/10/22 |
| JAN | 9784309631790 |

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武士の介護休暇
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商品レビュー
3.5
2件のお客様レビュー
江戸時代やそれ以前というと、寿命も50歳くらいで介護なんてなかったのでは?と思っていたけれど、そうでもないらしい。 平均寿命は低いけれど、それは、乳幼児や子どもの死亡率が高いだけで、ある程度成長すれば80歳や90歳まで生きる。高齢になるほど目の病気と脳卒中の後遺症が多く、それなり...
江戸時代やそれ以前というと、寿命も50歳くらいで介護なんてなかったのでは?と思っていたけれど、そうでもないらしい。 平均寿命は低いけれど、それは、乳幼児や子どもの死亡率が高いだけで、ある程度成長すれば80歳や90歳まで生きる。高齢になるほど目の病気と脳卒中の後遺症が多く、それなりの介護が必要だった。今も昔も介護はあって、大変だったとか。 面白かったのが、介護をする理由について分析していたこと。 時代区分はざっくりだけど ①古代から中世 愛情、感謝、儒教の影響、仏教の影響、互酬の論理 ②江戸 愛情、感謝、朱子学、家制度、五人組、地域社会 愛情だけでは介護できないこともあり、そのための宗教だったり地域社会があったと。 この本では、現代については書かれていなかったけれど、どうなんだろう。 宗教や家、地域社会は薄くなって、なんとなくだけど、責任や社会制度が加わったのかなと思ったり。 それにしても、いつから人間は自分の歳を数えるようになったんだろう。なんのために、自分の歳を記録しようと思ったんだろう。不思議。 以下メモ ・50歳が若年層と高齢層を分ける一つの基準(江戸時代) 養子は40~50歳にとるもの。輿に乗っても良い年齢は50歳から。 70歳を超えると、隠居制度により隠居可能。隠居後の保証もあった。 が、70歳を超えても働く人も多かった。 ・江戸時代の早期リタイア論 井原西鶴 24、25歳までは親の言うことを聞いて働き、45歳までに財産を築き、老後は遊び楽しんで生きるのが理想の人生。 ・古典の中の高齢者 枕草子:「老いばみたるもの」の行為を憎きものとして表現。率直に不快なものとする。 徒然草:老いはみにくき姿になることで、そうなってまでこの世に生きてなんの甲斐があるのか、40歳未満で死ぬのがちょうどいい。 方丈記:仏教における無常観、理想とする老い ・姥捨て物語 姥捨て物語と聞くと、ひどい結末を予想されますが、実際のところ作中で老親がひどい亡くなり方をしているわけではありません。実際には孝行の大切さを薦める話として語り継がれているとの指摘もあります。 ・当時は(古代~中世)貧困や穢れの思想など、高齢者への終末期のケア・看取りを拒み介護放棄に向かう心性を生み出す諸要因もありました。そのため、実際にケアを行うには介護放棄に向かう心性を上回るものが必要だったと考えられます。
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※このレビューにはネタバレを含みます
江戸時代に高齢者はどのように扱われていたのか、高齢者との年齢は幾つ以降のことをいうのかなどをまとめた一冊。 江戸時代の平均年齢はかなり低く見積もられているが、幼児の死亡が多かったためで、6歳を過ぎれば、平均余命は40年以上あり、50歳くらいまでは生きていたようである。 ある6万石の藩の統計では90歳以上の人数が50人以上いたとのことで、結構長生きした人は多かったようである。 武士の社会では定年という概念はなく働けるまで働いていたようで、隠居するのは病気か衰弱の時だけだったようである。 介護についてはやはり親族が面倒見るのが普通だったようで、藩によっては介護休暇や介護手当をもらえたようだ。
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