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苦しくて切ないすべての人たちへ 新潮新書
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 新潮社 |
| 発売年月日 | 2024/04/17 |
| JAN | 9784106110375 |

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苦しくて切ないすべての人たちへ
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商品レビュー
4
14件のお客様レビュー
苦しくて切ない状況に直面したとき、どのように心の重荷を軽くするかを考えさせられる作品です。著者は、人生の苦しみや無力感を受け入れながらも、日々の中で「生きているだけで大仕事」と捉える視点を提供します。南直哉のエッセイは、彼自身の経験や哲学を交えながら、心の整理を手助けしてくれるような温かさがあります。特に、「しゃーないなぁ」と思い切ることで、過去の執着を手放し、今を生きることの大切さを教えてくれます。まるで、穏やかな庭を眺めながらの会話のように、心が静まり、自己を見つめ直すきっかけとなるでしょう。彼の独自の視点やユーモアに触れることで、読む人は少しでも勇気をもらえるかもしれません。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
頭の良い人だな、この著者の書いたものは何を読んでもまずそう思う。 出家者ではあるけれど、信仰心はなく、求めている回答が見つかることを信じて仏教者として生きている、というようなことを読んだ記憶があって、その点について共感をもっている。 けれどこのエッセイ集からは、仏教を都合の良...
頭の良い人だな、この著者の書いたものは何を読んでもまずそう思う。 出家者ではあるけれど、信仰心はなく、求めている回答が見つかることを信じて仏教者として生きている、というようなことを読んだ記憶があって、その点について共感をもっている。 けれどこのエッセイ集からは、仏教を都合の良いように解釈(?)している、という違和感をもった。 そう感じて、過去に読んだこの著者の本を読み返すと、確かにそうだ。 答えが見つからない疑問を抱えて生きていると、なんとか答えを見つけたい、と無意識にやってしまうことなのだと思う。頭が良いかどうかは関係なく。 合理的な答えを探し続けている自分への戒めとして記す。
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いま自分が生きていることも含め、この現実の全てはいつかは破れる。 それでも破れないと思いたくなるところに苦しさの根源はあると、仏道では説いていると言います。 生が終わり死ぬと言うことに、逃れようの無い恐怖を抱き続ける僕にとって、とくに印象に残る部分でした。 そして死も生もどう言...
いま自分が生きていることも含め、この現実の全てはいつかは破れる。 それでも破れないと思いたくなるところに苦しさの根源はあると、仏道では説いていると言います。 生が終わり死ぬと言うことに、逃れようの無い恐怖を抱き続ける僕にとって、とくに印象に残る部分でした。 そして死も生もどう言うものか分からないからこそ、辛くとも今を良く生きるしか無い。 それは「適当に生きる」、場に適して生きることと言います。 そのさいに何をいちばん大切にするか、各自が考える必要があると言う点も、少し考えただけでも不必要なものが見えて来る日常に突き刺さりました。 大切にするものを選ぶひとつの考えとして、著者の南さんが過去仕えていらしたと言う、老僧の方のお言葉が紹介されています。 あることをやってみたら、人とのご縁が深く、強く、新しいご縁にも恵まれたのなら、それは善いこと。 もし逆なら、止めたほうがいいこと、とのことです。 僕、気付かないうちに、止めたほうがいいことやっているのかもなぁ。 なんて、薄々分かっている癖に思うのです。 もちろんそれだけで行動を選んでいませんが、もっと誠実であらねばと思います。 全てはいつかは破れると言うことは、確かなものなど無いとも言えそうです。 そうだとしても、絶対に正しいと思われる(自分にとって都合の良い)ものに縋りたくなるのです。 それが人間、と言うか僕の弱さだと気付きました。 克服する手段が、仏道としては坐禅なのでしょうか。 僕はまず、やはりここでも善良、正直、真心、誠実、感謝、謙虚を忘れずに日々を生きようと思います。
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人並みの悩みしか抱えてないが、SNSでフォローしている人が勧めていたので、何気なく読んでみた。 10代〜20代前半頃、親に対して「勝手に産み落とされた」という怒りが強かったことを思い出した。確かに、人間とは、突然、身体が与えられ、その身体の特徴はランダムで、その身一つで何とか生...
人並みの悩みしか抱えてないが、SNSでフォローしている人が勧めていたので、何気なく読んでみた。 10代〜20代前半頃、親に対して「勝手に産み落とされた」という怒りが強かったことを思い出した。確かに、人間とは、突然、身体が与えられ、その身体の特徴はランダムで、その身一つで何とか生きていかねらばならない。当時の怒りが未熟さもありながらも当然の怒りであったようにも思う。 改めて、親は手前の勝手で産んだ責任がある、子がその身体で何とか荒波の中でも生きていけるように、大切に愛してあげないといけないと感じた。
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