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生きのびるためのデザイン 新版
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 晶文社 |
| 発売年月日 | 2024/02/27 |
| JAN | 9784794974136 |
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生きのびるためのデザイン 新版
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商品レビュー
2.7
4件のお客様レビュー
1970年代に書かれた古い本ではあるが、デザインというものに対し、見た目や機能のためではなく、生きのびるための問いと言わんとしている点に斬新さを覚えた。腹落ちさせるためにはもっと深く読み込む必要があるが、デザインに対して新たな視点を得ることができた。
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見た目をよくするだけの中身のないデザインは「愚の骨頂だ」と言い切っている本。 「デザインって、見た目をよくすることだと思ってた…」 この本は、その発想を根本からひっくり返してくれます。 「責任あるデザイン」の必要性を、数々の事例を通して語っています。 「デザインを学びなおし...
見た目をよくするだけの中身のないデザインは「愚の骨頂だ」と言い切っている本。 「デザインって、見た目をよくすることだと思ってた…」 この本は、その発想を根本からひっくり返してくれます。 「責任あるデザイン」の必要性を、数々の事例を通して語っています。 「デザインを学びなおしたい」人にも、「モノづくり」に関心がある人にも。読むことで、普段見過ごしていた"意味"が見えてくる。 (動態デザイン研究室 蘆澤先生より)
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新版が出ているが、私が手にしたのは1970年代に出版されたものだ。中身は特に変わらないと思うが、字が小さく二段書きの今時には読みにくいデザイン。当時の文脈や固有名詞を興味深く読む。大量生産・大量消費が当たり前とされていた時代に、デザインのあり方を社会に問いかけた本。 デザイナー...
新版が出ているが、私が手にしたのは1970年代に出版されたものだ。中身は特に変わらないと思うが、字が小さく二段書きの今時には読みにくいデザイン。当時の文脈や固有名詞を興味深く読む。大量生産・大量消費が当たり前とされていた時代に、デザインのあり方を社会に問いかけた本。 デザイナーの倫理的責任を求めたことが多くの若手デザイナーに支持され、特に反主流派や学生運動が盛り上がっていた欧米では、本書は「デザインの社会運動」とも言える動きを生み出したらしい。今でこそSDGsとかユニバーサルデザインなんて声高に言われ始めたが、発展途上国や貧困層のニーズに応えるような医療や住居のデザインの提唱など当時は目新しかった。エコという意識も浸透していなかった時代だ。 ー もちろん、自己満足としての芸術は、攻撃と敵意に対するはけ口となることもありうる。ニキ・ド・サン=ファールは、白い石膏のコンストラクションを狙って銃で小さな顔料袋をうち込み、噴出した顔料が作品全体にふりかかる、というものを制作してみせた。パリでの石膏の作品や銃でうち込む作品などの制作にかかっているかたわら、かの女は二人の共同者と相談し、ストックホルムで巨大な横たわる裸体像をつくった。見物人は陰門からなかに入って、内部のいろいろな仕組みや、子供のための遊園地や、ゆったりと配置した乳腺のなかのカクテル・バーを見るというものだった。われわれはすでに、選択の苦しみに悩む芸術家について語ってきた。だが、機械をからかうか、機械になるか、にせの妖術師に変身するか、小宇宙の箱をつくるか、日常的なるものを陳腐のシンボルへと高めるか、あるいはもはや衝撃をうけない中流階級へと攻撃を消散させるか、どれかをとらないならば、選択の範囲は直ちにせばまることとなるだろう。残っていることが一つある。それは偶然ということだ。というのは、うまくプログラムの与えられたコンピュータは誤らないからである。また、よくデザインされた機械は間違いを犯さない。それならば、誤りを賛美し、偶然を尊ぶことより以上に論理的なことがあるだろうか。第一次大戦中にチューリヒのダダ運動の創始者の一人であるジャン・アルプは、それを試みた最初の人である。つまり、偶然の法則に従って配列されたフォルムを試みたのである。 機械によるデザインの量産化に対する葛藤。これはまるで今のAI絵師に対する議論のようでもある。ニキドサンファルは箱根の彫刻の森美術館で味わったが、学生の時にイタリアのタロットガーデン近くまで行きながら入場出来なかったという淡い思い出もある。こういう日常破壊的なアートに憧れていた。 ー いったい、どのようにして、またなぜ創造的という言葉が流行語となったのだろうか? 問題を解く能力があるということは、歴史を通じて認められる人間本来の望ましい特性であった。だが、大量生産、大量広告、マス・メディアの作用、オートメーションという現代特有の傾向は、現代人の間に同調性を強く浸透させ、したがって創造性という理想への到達をいっそう困難にしている。一九二〇年代にヘンリ・フォードは、規格生産によって自社の自動車の価格を引き下げようとして次のようにいった。かれら(消費者たち)は黒っぽいものであるかぎり、どんな色でも好みのものをもつことができると。このことの意味は、色の選択の幅を切りつめることによって自動車一台の価格が九五ドルほど引き下げられる、ということである。だが、逆にいえば、消費者は黒がいちばん望ましいものだと説得されなければならないこととなるのである。一様化ないし同調の精神はめざましい勢いで成長した。 今、ようやく多様性の求められる時代になり、同調性や一様化が力を持つ時代は変わりつつある。一定規模の集団による力学が、その領域の融解により不安定化していく。国境などアナログなオールドラインは所有と偏見でギリギリ耐えている、という気がしないでもない。
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