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日本語に生まれること、フランス語を生きること 来たるべき市民の社会とその言語をめぐって
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日本語に生まれること、フランス語を生きること 来たるべき市民の社会とその言語をめぐって

水林章(著者)

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日本語に生まれること、フランス語を生きること 来たるべき市民の社会とその言語をめぐって

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 春秋社
発売年月日 2023/09/20
JAN 9784393333976

日本語に生まれること、フランス語を生きること

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商品レビュー

4.5

4件のお客様レビュー

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2025/05/06

正しさよりもまず、気迫と面白さがあった。実際にフランス語を修業し、書き、生きた著者ならではの熱量と面白さだ。 言語構造に精神性が規定されるというのは面白い。多くのフランス語等学習者にも何となく納得されることだろう。 ただ、日本に限定された話なのかという疑問はやはり出てくる。集団...

正しさよりもまず、気迫と面白さがあった。実際にフランス語を修業し、書き、生きた著者ならではの熱量と面白さだ。 言語構造に精神性が規定されるというのは面白い。多くのフランス語等学習者にも何となく納得されることだろう。 ただ、日本に限定された話なのかという疑問はやはり出てくる。集団主義が特徴だとされる第三世界の諸国もどうなのか。日本政治の私物化の描写がアメリカ政治にすっかり当てはまるようになった今、そして他の権威主義諸国でも、どうなのか。 また、自民党政治や内面化された天皇制vsルソーの理念という対比において、やはり日本の現実とフランスの理想を比較している感は否めない。フランスの現状批判にも一章が割かれているが、現実のフランス政治、サルコジやマクロン、さらにはルペンの台頭はどうなのか。そして戦後の自民党政治を規定する要因として、アメリカ合衆国のことはどうしてもなしで済ませられないのではないか……。 また、コロナあたりから日本で興隆した哲学対話や読書会を、著者はどう見るだろうか。希望だろうか。 哲学対話も、結局はそれが政治につながらず、内省や自己変容に閉じていくという意味で、自由を内面に限定した戦前から先に行ってないと思うだろうか。 読書会も、何となく発言機会にヒエラルキーが生じたり、何なら著者が来たら一層仰ぎ見、えらい人から順に質問するみたいな感じになるのだが、フランスはならないだろうか。 そもそも、文化人サロンみたいなのが日本で行われると、社会的地位や参加歴、頻度とかで、どうしても変な上下関係が生まれ、自由に発言しづらく気持ち悪い感じになるのは何でだろう。少なくとも地方では。東京でも同じかもしれない。 著者も日本ではその磁場に取り込まれるのか、フランクに闘争的に平等主義を貫いてくれるのか、気になるところではある。 著者も当然分かっているのだろうが、非権威主義者同士だと対等な会話が成立するが、権威主義者がいるとそうもいかない。対等を与えてしまうとその権威主義者が場をダメにするし、抑止しようとすると、自分が垂直性を導入することになる。 「マクロンは論敵だがルペンは共和国の敵だ」という発言の引用があったが、ルペンだらけの国をどうするのか。ルペンにも発言の機会を与えるべきなのか、排除すべきなのか。 日本で平等や居心地の良さを希求する人が、きっともう戦前から直面してきたジレンマだろう。寛容は不寛容に対して寛容であるべきか、に近い問題だ。 最後に、言語文化や伝統の純粋性について。著者は、日本以外の様々な地域で闘う知識人のためにも、理念としてのヨーロッパや啓蒙が重要という立場。 だが、日本においても、そして諸外国においても、そういう知識人を空振りと評価してきた批判の系譜についてもどう考えてるのか、気になるところ。日本でいえば吉本隆明とかだろうか。僕も苦手なのだが……。

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2024/06/11

説明 編集レビュー 「天皇を戴く国家」か「市民による社会」か――今日の日本社会の危機的状況の根底に横たわる、日本語に固有の言語問題とその背後に控える天皇制の呪縛について、政治哲学、映画、芸術といった多岐にわたるジャンルを行き交いつつ光をあてる、渾身の批評。

Posted by ブクログ

2024/02/18

こわれた魂の著者、水林章氏による日本の政治の腐敗が日本語にあるとするエッセイ。社会が言葉を作り、言葉が社会を作るとすれば両者は相互補完的であるので、単に日本語が、悪いのではなく、日本社会というものに埋没している封建精神あるいは天皇制的なものが、法の下に皆平等という健全な市民社会を...

こわれた魂の著者、水林章氏による日本の政治の腐敗が日本語にあるとするエッセイ。社会が言葉を作り、言葉が社会を作るとすれば両者は相互補完的であるので、単に日本語が、悪いのではなく、日本社会というものに埋没している封建精神あるいは天皇制的なものが、法の下に皆平等という健全な市民社会を成立させる障害になっていると著者はいう。丸山眞男や加藤周一、田中克彦などの先人の文書も引用しつつ、社会的属性を離れて同等の視点で議論できる風土がないと著者は言う。  ここで気になるのは著者は安倍晋三を頂点とする(した)自民党を批判しているが、その対抗馬である民主党や、共産党などについての言及が全くない点である。火事の消し方が悪いと言って懐手で見物している様である。著者はフランス語を50年以上にわたり勉強し、教鞭を取って来たのだから、フランスの言葉や習慣と比較して日本の政治土壌が貧困であると嘆くのはよくわかる。  しかし、私たちはとにかくフランス人ではないのだから一朝一夕にはフランス人の様にはなれないし、ならなくても良いと思う。そう考えると、社会的属性を超えて議論する風土を醸成することが重要なのではないだろうか? 100編以上の引用文献があり、読書案内の効用もあった。 ただし、いろいろ気になる点がある。ルソーの社会契約論はそもそももキリスト教という文化的土壌があることを無視していないかという点、また日本語の特性に天皇制が埋め込まれているというが、現在の日本で接客中の日本語に敬語が利用されるのはサービスをスムーズに行うためではないだろうか?話相手との上下関係を意識することが自由闊達な議論の障害になっているのは認めるが、議論しないでスムーズに事を進めることができるという利点も敬語にあるのではないのかという点である。 そういう意味でこの本は問題があると言って石を投げて終わっている様な印象を受けた。 しかしこの本は色々と今後の日本をよくするために重要な、本であることは間違いない。よく書いてくれたと快哉を叫びたい。

Posted by ブクログ