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「ある裁判の戦記」を読む 差別を許さない市民の願いが実った かもがわブックレット
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | かもがわ出版 |
| 発売年月日 | 2023/05/30 |
| JAN | 9784780312775 |
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「ある裁判の戦記」を読む
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「ある裁判の戦記」を読む
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最近のドラマなどでも登場しよく聞くようになった「スラップ裁判」という言葉。相手方を追い詰めたり嫌がらせをする目的でする裁判のことをいうようです。 本書の裁判は、ある町の教育委員会で竹田恒泰氏が行う予定だった講演会について、山崎雅弘氏が「差別的発言を繰り返してきた人物が教育に関わ...
最近のドラマなどでも登場しよく聞くようになった「スラップ裁判」という言葉。相手方を追い詰めたり嫌がらせをする目的でする裁判のことをいうようです。 本書の裁判は、ある町の教育委員会で竹田恒泰氏が行う予定だった講演会について、山崎雅弘氏が「差別的発言を繰り返してきた人物が教育に関わる講演をすることは講師としての適格性に疑問がある」という趣旨のツイートをしたことから始まりました。その後講演会が中止となったため竹田氏はその責任を求めてツイートを削除要求、しかしそれを断ったことから竹田氏が話し合いなどをしないままいきなり訴訟を起こしたという経緯だったようです。 この裁判が竹田氏による山崎氏に対するスラップ裁判だいうことでした。 この裁判の最初から経緯・結果まで、本書と同時刊行した「ある裁判の戦記(山崎雅弘 著)」に書かれているそうで、そちらを読んでからこちらを手に取ったほうが詳細がわかるようです。 詳しいことはわからなくても、どういう裁判だったのかのざっくりしたものは本ブックレットでもわかるようにはまとめられています。 実は自分は本書を図書館から借りた際、何のどういう裁判なのか、内容を知らずにタイトルに差別を許さないとあるから差別問題かな、内田先生が対談されてるなら見てみようかなくらいで借りました。 「ある裁判の戦記」を手に取らなくても、こういうことがあった、世の中の人に広く知っておいてもらいたいという意図を広めるには、ブックレットという形式は良かったと思います。(記録としても) 本書の大本の裁判そのものよりも、スラップ裁判というものについて印象的な言葉がいくつかありました。 ・司法を恫喝の道具に使うというやり方(p8) ・スラップ裁判をする人間たちは司法を侮っている(p44) ・司法判断というのは、判事ひとりひとりが自分の体力と時間を削り出して下しているもの(p10) ・あえてリスクを取ることによって、局面が大きくよい方に展開することもある(p24) ・裁判や法的な闘争は、裁判を回避できてもお金がかかる場合もある(p21) 特に最後の裁判費用について、訴えられるというのは裁判にならなくても(心理的にも時間的にもとても大変だけれど)お金の問題が深刻なほど大変なのだと改めて知りました。 費用を賄うための寄付のお願いをした際の内田先生が書かれた文書(本書巻末に掲載)のなかの言葉「経済的に余裕のある人間はいくらでも名誉毀損裁判を起こして、論敵を経済的に追い詰め、その本業を妨害することができるというのはアンフェアだ」 まさに「嫌がらせ裁判」ってそういうものかと思わせられる言葉の集約でした。 脅しをかける、手を引かせるなどの目的で司法を使うなどという卑怯な行動を回避させる何らかの方法はないものかと思いました。 司法がなめられていると思うし、何よりそんな目的のために使われるあらゆる労力が惜しいし、本来その労力が必要で使われるべき裁判は他にたくさんあると思えるからです。 しかしこういうやり方があると広まれば、そういう手段に踏み切る人間はこれからも出てくる懸念はあると思います。(お金がある、知名度があるなど社会的に圧を感じさせやすい人が特にやりそう…) 「本質的なレイシズムに対する法的規制っていうのが、日本ではまだ全然整備されていないんですよね(p47)」そうだなと思うと同時に、正直、法規制は今の日本ではまだ難しいんではと思いました。 確かに差別やレイシズムについて昔に比べれば日本も社会的には改まってはきていると思えますが、世間としては(個々人としては)まだかなり残っているだろうと感じるからです。 また日本の法律は解釈次第でどうにも取れるもの多く、そういう曖昧さをなくしたものを作り上げること自体が難しく、もしもそれを詰められたものが出来上がったとしても、世間に染み込むように長らく残るそれらが規制で静まるとは自分には思えないです。 だからといって規制がなくてもいいとも思わないのですが、そもそも規制で何とかなることなのかということから考える必要もあるのかなと。 じゃあどうしたらいいの、ってなるともう自分にはわからない。 …難しい問題ですね。 裁判費用を支援するというやり方で、その主義や立場を支援するというやり方があると知れたことが良かったです。
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裁判を共闘した戦友ともいえる内田さんとの、まさにその裁判についての対談本。そうそう。討論をすっ飛ばしての訴訟っていう流れが、とりあえずまず引っ掛かるんだよな。
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