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徳川家康 弱者の戦略 文春新書1389
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 文藝春秋 |
| 発売年月日 | 2023/02/17 |
| JAN | 9784166613892 |

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徳川家康 弱者の戦略
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徳川家康 弱者の戦略
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商品レビュー
4
28件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
徳川家康は幼少期から織田家や今川家に人質に出されるという環境の中から、弱者の視点で自分や自分の環境を冷静に分析し江戸時代の徳川治世を作り出した。その中でも印象に残ったのは大きく2つ。1つ目は武田などの強豪との戦いの中で敗戦にも全滅せず生き残り徐々に戦い方を見つけて力をつけていったこと。負けを認め改善する姿勢。2つ目は信長や秀吉の成功や失敗の中から中から、「権威での支配」と「力での支配」について学び常に実践していた事。自身の権威や徳を高める(そう見せる)ため自身のふるまいや言動を演じていた事や力を見せるため難しい戦いも逃げない姿勢を見せ続けるなど内外に統治者として徳川を刷り込み続けていた。弱者だからこそ細部にわたり油断なく作り上げたのだと感じた。自身の役割を果たすためには、失敗を受け入れ改善すること、細部にわたり理想を演じつづける力をつける事(演じ続ける意思を持続することかもしれない)の必要性を学べた本でした。
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面白かった。 最近、国際情勢が激しいよね。それと、国内政治を考えることもある意味では面白くなってきた。 誰に入れても同じこと…という虚しさを払拭してくれる…そんな気配を感じていることだけでも奇跡。。。 そんなわけで先人に学ぶことも多いのでは?と思って読んでみました。 学ぶこ...
面白かった。 最近、国際情勢が激しいよね。それと、国内政治を考えることもある意味では面白くなってきた。 誰に入れても同じこと…という虚しさを払拭してくれる…そんな気配を感じていることだけでも奇跡。。。 そんなわけで先人に学ぶことも多いのでは?と思って読んでみました。 学ぶこと、多かった。 よく比較対象になるお三方。 信長、秀吉、家康…もちろん、彼らの背景には沢山の知恵者が揃っていて、各々のつながり方も違うのだけど、わかりやすく組織として、またはリーダーとして比較されているので、そこを抜粋。 信長型→求心力が強く急速成長可能だがブラック化しやすく、メンバーが「信長疲れ」を起こす。 (強烈なカリスマ性、力による圧迫ゆえに) 秀吉型→強い成長、拡大路線には強いが、朝鮮出兵の失敗のように行き詰まると「秀吉疲れ」。 家康→若くして人質となり、今川家の「権威による支配」か織田家の「力による支配」かというテーマと向き合った→今川氏真の無力さを目の当たりにして権威による支配に見切りをつけ、織田の「力による支配」に寄るも本能寺の変で、一直線に力の支配を追求した失敗を見る→その両方の限界を知る そして→「互酬信用・棲み分けによる支配」にたどり着く→日本社会によく適合し長期政権となる。 **************** 家康は元々、武田、今川、織田などの強国に囲まれた中でいかに生き残るかを考え抜いた人だったことがわかった。大勢を見極め、広く視野を持ち、一方で武人としての志しを一貫して通し人としての信頼を失わないような生き方を目指していた点が揺るぎない徳川幕府としての地盤を築く重要なポイントだったことを教えてくれる。 日本もロシアや中国、北朝鮮、といった核保有国に囲まれている中で不穏な世界情勢を考えると、この家康の人生は何かをアドバイスしてくれるような気がするかな。。。 **************** 最後に。 お三方の辞世の句を。 ここにも大きな違いがみてとれるので。 信長→「死なうは一定、しのび草には何をしようぞ、一定かたり遺すよの」(人は誰でも死ぬものだ、生きているうちに何をするか、人は語り残してくれるだろう、生きているうちに語り草になるようなことをやるべきだ) 有名な「人間五十年、下天の内をくらぶれば、ゆめ幻のごとくなり」も同様で自分死んだらそれまでなんだ、ということ。生物は個体単位で消滅するとみる信長の人生観が伺えます。 秀吉→「露と落ち露と消えにし我が身かな浪速のことも夢のまた夢」有名なものですが、やはり、一代で天下をとっても、死んだら全て夢のようなものだ、と。 やはりこれも、「消える人生観」です。 家康→辞世の句というよりもこういう句を詠む人という意味で…「先に行くあとに残るも同じこと連れていけぬを別れとぞ思う」(これは殉死を思いとどまらせる歌です。死後に残された人にポイントを置き、自分がいなくなっても徳川の世を続けよ、というメッセージになっています。 もうひとつ… 「嬉しやと再び覚めて一眠り浮世の夢は暁の空」 (目が再び覚めて、うれしいな、また一眠りする。現世で見た夢は、また東から世を照らす日が昇ってくる空だった) なんとものんき、らというか、明るい辞世です。 彼の死生観は2人とは全く異なっていて、信長、秀吉が「消えゆく人生観」に対し、家康のそれは「再生、永続の人生観」です。ここに家康の原点があるように思いました。 弱く小さいなら敢えて力や権威に頼るのではなく、共に生きる、共生、互助によって生きようよという処世術を通して大きなメッセージをもらえたように思います。
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祖父も父も殺されて自身は人質に取られるところから始まるところは弱者だろうが、武田信玄と織田信長に挟まれて数々の修羅場を超えていく辺りから武将としてのブランドは高まっていたように思う。興味深いのは関ヶ原以前では武田信玄や豊臣秀吉といった大物達と戦っているが遂に信長とは干戈を交える事...
祖父も父も殺されて自身は人質に取られるところから始まるところは弱者だろうが、武田信玄と織田信長に挟まれて数々の修羅場を超えていく辺りから武将としてのブランドは高まっていたように思う。興味深いのは関ヶ原以前では武田信玄や豊臣秀吉といった大物達と戦っているが遂に信長とは干戈を交える事は無かった。律儀者という評価だが本能寺の変後に勝手に領土を接収している。弱者というより抜け目ないと感じる。
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