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古典と日本人 「古典的公共圏」の栄光と没落 光文社新書1233
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 光文社 |
| 発売年月日 | 2022/12/14 |
| JAN | 9784334046408 |

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古典と日本人
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商品レビュー
2.8
7件のお客様レビュー
中学3年生の受験生に古典の魅力を教えてくれと言われ、とりあえず一度、家庭教師をすることになった。これを機に、古典教育の意義について真面目に考え直してみようと読んだ本の一冊。内容としては、歴史的に注釈が行われてきたテクストを古典と定義することで、『古今和歌集』『伊勢物語』『源氏物語...
中学3年生の受験生に古典の魅力を教えてくれと言われ、とりあえず一度、家庭教師をすることになった。これを機に、古典教育の意義について真面目に考え直してみようと読んだ本の一冊。内容としては、歴史的に注釈が行われてきたテクストを古典と定義することで、『古今和歌集』『伊勢物語』『源氏物語』『和漢朗詠集』を四大古典とし、主に中世から近世にかけての注釈の歴史を追っていく本である。 世界の古典語の話と藤原俊成を例にした古典意識の発生の話、中世に行われたトンデモ注釈の話や、近世の国学による自国中心主義的な注釈の話あたりが、個人的には面白かった。注釈をするという行為は、その対象を権威化する行いであって、そういったテクストの権威化をしようとする意識が、前近代にどのようにして成立していったのかという話は、古典テクストを相対化するうえで、けっこう大切な知識だと思う。作られた伝統みたいに、近代以降に古典テクストが権威化された話は、割と考えたことがあったが、前近代からすでに古典の古典化が進んでいたという話は、あまり考えたことがなかった。 そういった意味で、細かい注釈の歴史は大切だと思いつつ、固有名詞が多く、歴史にある程度明るくない人間としては、読み進めるのが割と苦痛であった。第三〜五章あたりの注釈の歴史を解説するパートに関しては、かなり読み飛ばしてしまった。 色々とそうだったのかと勉強になることがあった一方で、最終的な落とし所になっている古典教育の意義については、かなり疑問が残ったというのが、率直なところ。古典的な教養が、公の構成員の条件とされた「古典的公共圏」がかつてあったというところまではいいが、それをもって国民的アイデンティティとするために、現代人も古典的教養を体得する必要があるとすることには、かなりの論理飛躍があるように思う。古典語を持つ国家が、その歴史的影響から免れないことはたしかにそうかもしれないが、だからといって、現代日本人もそれをアイデンティティとしなくてはならないというのは、よく分からない。 そういう意味では、最後に軽く触れられている古典には、現代にも生かされる多くの知恵があるという落ちの方が、まだ分かる。ただ、そこを押すなら、本論の方で四大古典をはじめとする古典に、どのような古典ならではの知恵があるのかをもっと抜き出す必要があるように思う。この本は、ひたすら筆者によって定義づけられた古典理解に基づいて、四大古典とされたテクストの注釈の歴史を追っていく。それは、古典の歴史的な権威づけになるかもしれないが、そのような権威に興味のない人間にとっては、権威にもならないように思う。 結局のところ、この本が論じる古典教育の意義は、古典には価値があるということを自明にしたところで成り立っているように思う。筆者の「古典的公共圏」への憧れが、そうした認識を作っているのではないだろうか。かつての「古典的公共圏」が成立していた時代のように、古典が教養になることは、もうないのだという現実と向き合う必要がある。 古典とは何かを解説するときの一つの視点として、とても有効な本である一方で、主題であるはずの古典教育の意義についてはイマイチな本。こうした古典理解から、自分なりに古典教育の意義を、読者一人ひとりが考え直す必要があるのだろうと思う。
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2025/10/12 読み始めた 2025/11/25 読み終わった 序段の、世界の文化公共圏や古典の定義について、大雑把な分類だとは思いつつ整理できた。すなわち、世界の文化公共圏は7つに大別される。日本は中華に入るけど、日本国内の古典もあるという2階層でる。これは文化の周縁...
2025/10/12 読み始めた 2025/11/25 読み終わった 序段の、世界の文化公共圏や古典の定義について、大雑把な分類だとは思いつつ整理できた。すなわち、世界の文化公共圏は7つに大別される。日本は中華に入るけど、日本国内の古典もあるという2階層でる。これは文化の周縁世界では良くあることである。 日本の古典には宗教、哲学、軍記物、が欠落している、これは世界の古典の権威階層とは異なる。世界の古典の権威階層は、1に宗教経典、2に倫理道徳、3に史書。 日本の四大古典は、古今集、源氏物語、伊勢物語、朗詠集。「注釈」作品の多さから考えている。 和歌集は行政マニュアルやノウハウ本みたいなもの、詠歌能力が必須であった古代行政において、労力を削減しながら行政行為に足る和歌を読むために和歌集が必要だったと。 古典教育が廃れた理由は予想通りというか、明治期の国民国家への移行=西洋列強へ追いつけ追い越せの流れによるもの。 良し悪しとは関係なく、「古典がある文化に生まれたことの宿命」については確かにと思った。好む好まざるに関わらず、連綿と培われてきた(そして失われてきた)、日本古典文化というものがある、これについては、個人的には受け継いでいきたいと思うな〜。
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著者は「古典的公共圏」という言葉で古典が通用する世界・時代を言い表しているようだ。現代の日本はすでにこの公共圏の範囲外であるからして、著者が嘆く世界になってしまっている。今更どうしたらよいというのか?著者の言うような古典語の教育を行うのはまず不可能であろう。現在では、小学生から英...
著者は「古典的公共圏」という言葉で古典が通用する世界・時代を言い表しているようだ。現代の日本はすでにこの公共圏の範囲外であるからして、著者が嘆く世界になってしまっている。今更どうしたらよいというのか?著者の言うような古典語の教育を行うのはまず不可能であろう。現在では、小学生から英語を学習させようとしているのだから。
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