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じゅうぶん豊かで、貧しい社会 理念なき資本主義の末路 ちくま学芸文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2022/03/14 |
| JAN | 9784480511119 |
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じゅうぶん豊かで、貧しい社会
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商品レビュー
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倫理資本主義を書いたマルクス・ガブリエルの本から派生してコリンメイヤーの「株式会社規範のコペルニクス的転回」に続いてこの本も読んでみました。これらの本は、「倫理資本主義」と呼ぶかどうかは別にして、同じように現在の資本主義は、あまり意味のない欲望を掻き立て、幸福の実現ができないこ...
倫理資本主義を書いたマルクス・ガブリエルの本から派生してコリンメイヤーの「株式会社規範のコペルニクス的転回」に続いてこの本も読んでみました。これらの本は、「倫理資本主義」と呼ぶかどうかは別にして、同じように現在の資本主義は、あまり意味のない欲望を掻き立て、幸福の実現ができないことを問題にしています。 印象に残ったのは、およそ100年前にケインズが「およそ100年後には生活水準が現在の4から8倍に向上するので、大規模な戦争や人口の大幅な増加がない限り、経済的な問題は解決されるか、少なくとも解決が視野に入ってくる」と発言していたのだが、それが実現してないことである。 経済規模の拡大はケインズが言った以上に拡大したのであるが、世界の人口の1/4は貧困に喘いでいるし、労働時間もケインズが予想した通りには減少していない。また経済的な格差は100年前と比べ物にならないくらい拡大している。 なぜ、資本主義は幸福を実現できないのか?そしてこのまま資本主義が暴走し続けると、地球環境は破壊され、多くの人は生存できない地球になってしまう可能性が高い。人間の欲望を限りなく膨らませ、常に満足することのない会計上の利益追求はどこかで規制しなければならないのは明らかだ。コリンメイヤーは、その規制を株式会社規範に求めるし、この著者のスキデルスキーは、「経済の運営はもはや所得の上昇を目指すのではなく、真の豊かさを実現するための条件整備に向けられるべきだ」と、二人は同じような主張をしている。 限りない欲望を煽るために行われている商品の広告宣伝について、スウェーデンやノルウェーでは子供向け番組での広告禁止や12歳以下の子供をターゲットにした広告は禁止されているそうだ。スキデルスキーは「広告税」とか、「累進支出税」とか面白いアイデアを紹介する。確かに過剰消費を煽り続けなければならない資本主義で、際限のない利益追求を続けても仕方がない。
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この作品はケインズの研究者による、行き過ぎた資本主義の問題点について語る一冊です。 経済成長にはどんな意味があるのか。はたしてそれを追求するのは正しいことなのか。 これは最近よく耳にする「脱成長」という言葉を彷彿とさせます。 この本では行き過ぎた資本主義が信仰のごとく成長を...
この作品はケインズの研究者による、行き過ぎた資本主義の問題点について語る一冊です。 経済成長にはどんな意味があるのか。はたしてそれを追求するのは正しいことなのか。 これは最近よく耳にする「脱成長」という言葉を彷彿とさせます。 この本では行き過ぎた資本主義が信仰のごとく成長を追求し続けるメカニズムを文学、思想、経済学、様々な視点を総動員して分析していきます。最近よく話題に出るマルクス主義の脱成長とケインズ学者の語る脱成長の違いを感じられてとても興味深かったです。 また、後半には環境問題についても深く考察がなされます。 これも斎藤幸平氏の『人新世の資本論』の中心テーマでもありますが、地球環境を守ることはどの立場であろうと最大の課題であるのは間違いありません。ですが行き過ぎた資本主義が環境を破壊しているのは事実だとしても、はたしてそもそも環境保護主義者の言う極端な環境政策には根拠があるのだろうかと著者は疑問を呈します。 本書で述べられる「環境保護主義の拠りどころは信仰であって科学ではない」という言葉は非常に鋭い指摘ではないでしょうか。 ここでは紹介できませんが著者はかなりの分量を割いてこのことについて丁寧に論じていきます。 「脱成長」「コモン」「環境問題」 斎藤幸平氏の『人新世の資本論』ではこれらが語られ、ベストセラーとなりました。 この本をきっかけに経済のことや環境問題に関心を持った方がたくさんおられることでしょう。 であるならば、ぜひ今回ご紹介した『じゅうぶん豊かで、貧しい社会―理念なき資本主義の末路』もきっと興味深く読み進めることができると思います。 「行き過ぎた資本主義に対する批判」という共通な話題を、違った視点から語るこの作品はきっと得るものが大きいと思います。 比べてみることでそれらの姿がよりくっきりと見えてきます。じっくり比べて吟味した上で選んだならば、それこそその人の信念です。 ですが、あるひとつの説だけを聞いてそれを絶対に正しいと思うことは危険なことでもあります。 『人新世の資本論』に魅力を感じた方にはぜひ、あえてこの本も読んでみることをおすすめします。読んでいない人にもぜひおすすめしたい面白い本です。資本主義、マルクス主義だけではなく、「人間とは何か」ということも考えていく非常に興味深い作品です。
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- ネタバレ
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22年6月、米国の連邦最高裁判決は中絶を合憲とする判断を下した。女性の自己決定権なのか、胎児の生命なのか、道徳や善を巡る判断として中絶はよく取り上げあれる。中絶が選択肢として認められている時点で、『あらゆる生命を尊重すべき』という価値観とは相いれない。選択権を用意してあとは人々の判断に委ねればよい、判断を強制も介入もしない、という中立の枠組みが成立せず、ケースとして非常にむつかしい。 ケインズは1930年の小論で、技術の進歩と生産性の改善によって、人々の労働時間は週15時間にまで短くなり、残りの時間は余暇に充てられると予測した。それは、2030年ごろに到来する未来だという。 (“Bullshit Job”もケインズのこの小論・この予測を、議論の端緒・本の書き出しに用いていた) 答え合わせを目前に控えて、現代人は『そんなバカな』と感じる。1930年から眺めたただの楽観的な予測だったのだろうか、それともおかしな点はもっとほかのところにあるのだろうか。 そもそもの予測は、資本の蓄積や技術の進歩によって、人々は日々のニーズを満たすものを得るための労働は週15時間でよくなるというものだった。この点、この100年間で一人当たりのGDPは、確かに飛躍的に伸びている。一方で、労働時間は(確かに短くなってきてはいるが)週15時間には程遠い。そこで、問いは『我々は豊かになったのに、なぜ働いているのだろうか』というふうに変わる。 働くこと自体が楽しいからということも考えられるが、やはり主たる理由とは考えにくい。本当は、必要を超える消費のため働かざるを得ないのであり、富や所得自体のために働くのだ。次の問いは、『必要を超える消費はなぜ生まれ、富や所得はなぜ目的化してしまうのか』だ。そしてそれは、貪欲が人間性来のものだからだという。 人間には欲望があり、欲望を満たすために活動をする。一人一人のこうした利己的な活動は、総和として富を生み出し、相互関係の中で調和が生まれる。見えざる手が働く。だから、欲望とは卑しく目を背けるべきものではなく、繁栄・成長の原動力であるというのが、近代の劇的な価値観の転換だった。そして、欲に基づく活動は、現に生産性を向上して人々の必要を満たすだけの繁栄をもたらした。だから、貪欲を戒める必要はあるものの、人間性来の欲望を押さえつければ良いというものではない。欲を燃やして成長の車輪を動かし続けている現代人に、いきなり禁欲を強いても受け入れられるはずがない。 週15時間の労働でとどまらないのは、必要を超える欲があるから、『もう十分だ』という満足感を得ることができないからだ。『もう十分だ』という満足感に至らないのはなぜか。この問いの答えが、“中立”の概念にあるという。 『もう十分だ』という満足に至るためには、何を求めるのか、自分自身や自分の暮らしはどういうものでありたいのかといったことに適切な価値判断を下し、“善い暮らし”を求める必要がある。しかし、現代の社会は、この価値判断に中立を貫いている。如何なる価値観・価値判断に対しても、他者を尊重する。何が“善い”のかについて、議論の余地はなく、尊重を置いてほかになすべきことはない。 “善い暮らし”の理念を欠き、『もう十分だ』と言えなくなったことで、富や所得を他者との相対的な比較の中に置くことになり、尽きない競争を強いられている。これが、週40時間労働を続ける我々に筆者が下す診断書だ。 人々の自立を信じ、選択を尊重し、価値に中立であろうとするのはリベラルな思想である。その正しさを信じていても、中立や尊重というだけでは解は得られず、何を善とするかの議論を避けて通れないという。しかも、(プロ・ビジネスな保守はもとより、)リベラルな価値観でさえもそれが欲望の高速回転を後押ししているという指摘は、とても説得力を持って迫ってくる。
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