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鴨川ランナー
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2021/10/27 |
| JAN | 9784065249956 |
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鴨川ランナー
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商品レビュー
3.9
51件のお客様レビュー
これがまた面白くて! 「きみ」と二人称で書く小説は珍しい。日本に住むアメリカ人の暮らし、感じること…あぁこんなふうなんだ、と。わたしにとって国際交流イベントで出会う「アメリカ人」、あるいは英会話学校で出会う「ネイティブの先生」はこんな感じなんだ、と。 p39 ーーおはようございま...
これがまた面白くて! 「きみ」と二人称で書く小説は珍しい。日本に住むアメリカ人の暮らし、感じること…あぁこんなふうなんだ、と。わたしにとって国際交流イベントで出会う「アメリカ人」、あるいは英会話学校で出会う「ネイティブの先生」はこんな感じなんだ、と。 p39 ーーおはようございます。 ときみは挨拶してみる。 目を大きく見開いたおばあさんは、何かを警戒しているかのように、ただじっとこちらを見る。 地元で日本語を勉強していたときに予想できなかったのはこの視線だ。 p50 こうして彼らを見ていると、なんだか滑稽な気持ちになる。その多くは教員だろう。同類のきみには分かる。今しがた海外からの直行便を降りてきたようなコスモポリタンな雰囲気をここで繕おうとしている者の大半は月曜日の朝となるとどこかの田舎の学校の教室で低学年の小学生に向かって天気だの曜日だの、初級の英単語をいやに陽気な声で歌っているだろう。それはきみを含めての話だが。きみたちが抱いている欲望はあまりにも赤裸々だ。全員が少しでも人間との接点を求めていて、その欲望はまた何らかの欠如を示唆している。自分もその一人だと思うときみはなんだか恥ずかしくなる。
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ここ3年ほど英語を勉強し直している。そういうことを日々続けていると、英語話者が日本語を習得することと、日本語話者が英語を習得することの非対称性を意識する場面があったりする。本書を読むのは、私とは反対側の視点からその非対称性を見つめ直すような体験だった。 『鴨川ランナー』の「君」...
ここ3年ほど英語を勉強し直している。そういうことを日々続けていると、英語話者が日本語を習得することと、日本語話者が英語を習得することの非対称性を意識する場面があったりする。本書を読むのは、私とは反対側の視点からその非対称性を見つめ直すような体験だった。 『鴨川ランナー』の「君」がいつまでも英語で話しかけられることに対して抱くフラストレーションと、『異言』の主人公が百合子から受けた羨望(『世界のどこに行っても、話が通じます。どこでもありのままの自分でいられます』)は英語という言語の立場を物語る同じコインの表と裏であり、私が米国なりオーストラリアなりに旅行したとして、日本語で対応されるという事態は想像し難い。 日本語を母語とする英語学習者のうち、どれだけの人が純粋な興味・愛情を学習のきっかけとしているだろう。少なくとも私はその一人ではない。英語は、私の意思とは無関係に、生活の一部として、当然人生のどこかで一度は修めるべきものとしてそこに存在していた。選び取った言語ではなくても、意味を成さない音の連続が意味を持った言葉へと変化していく過程には、たとえ難い喜びがある。これがもし、自分の純粋な興味から、もしくは自分のアイデンティティを形成した漫画・映画・アニメ・音楽への情熱から選び取った言語であったら、その喜びはどれ程のものになるのだろうか?私はまだタニザキを読んだことがありません。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
『鴨川ランナー』 日本で暮らし仕事をしても、いつまでも周囲からは異質な存在、記号として扱われる「きみ」。日本語を話しても、外国人の話すニホンゴだと受け止められる。苛立ちながら、それでも縁を頼りに日本で生き続け、谷崎を研究し15年。もちろん十分に日本語を操れるようになっている。が、未だ外国人の枠を取り払うことはできず、記号でなく個として生きられているのかという虚しさ。 日本人の私も同じように、集団で生きる限り、集団に応じて記号を付けかえて生きている。記号だろうがなんだろうが、人生はただ目の前の道を一歩一歩、足を出して進み続ける以外にない。と、鴨川ランナーでもある「きみ」の姿に教えられるし勇気づけられもする。 『異言(タングズ)』 英会話学校が倒産し、職と住まいを無くしたアメリカ南部生まれの男性が、生徒であった女性の家で同棲を始める。結婚式の雇われ牧師となった彼は、周囲に求められるまま、カタコトの日本語を話す外国人として仕事をする… 英会話教師をやめ、つなぎで行っていた在宅翻訳業の仕事の最中、自身の言葉を生み出せないもどかしさが身体の不調となってあらわれる。この箇所に、心がざわざわして仕方なかった。自分のものでない言葉を話さざるをえないって辛いなと。
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