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俳句で学ぶ唯識超入門 わが心の構造
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俳句で学ぶ唯識超入門 わが心の構造

多川俊映(著者)

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俳句で学ぶ唯識超入門 わが心の構造

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 春秋社
発売年月日 2021/05/27
JAN 9784393134481

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2024/05/02

研ぎ澄まされた数の文字に想いを乗せる 俳句を趣味にしていて、心の支えは無宗教ですが仏教の禅に頼る部分が多いので手に取ってみました。仏教×俳句、付かず離れずのような考えなのでしょうか。17音という限られた文字、研ぎ澄まされた数の文字に想いを乗せるという行為は、雑念を捨てた禅の境地に...

研ぎ澄まされた数の文字に想いを乗せる 俳句を趣味にしていて、心の支えは無宗教ですが仏教の禅に頼る部分が多いので手に取ってみました。仏教×俳句、付かず離れずのような考えなのでしょうか。17音という限られた文字、研ぎ澄まされた数の文字に想いを乗せるという行為は、雑念を捨てた禅の境地に繋がる感覚はあります。 お坊さんが書いているので小難しいですが、超入門のタイトル通り優しく解説していると感じました。それでも、仏教の教えは難しいですね。そんな仏教の側面から見た俳句の考察は面白いと感じました。 自体分は見分と相分から出来ている。認識対象を相分といい、見方を見分というそうです。物事を認識するとき、自体分というまだ認識していない心が、相分が捉えて見分が認識するといった感じでしょうか。物事を認識するには人それぞれが同じものを見ていても、捉え方も違えば見方も違う、同じ物事への理解なんて不可能だと言うことだと思いました。一方的な味方や解釈はしないようにしたいと思いました。 前五識、第六意識、第七末那識は第八阿頼耶識から転識したもので、また、第八阿頼耶識(本識)に収められる。心は多重構造で見るもの聞くものを認識しているということでしょう。そんなに簡単に心はできていない、自分の心も人の心も見透かすことなんてできないということですね。 心外に別法なし。法とはもの、ことのこと。全てのもの、ことは心の中にあるということでしょう。 人は1日6万個の想念を持ち、驚くべきことにその95%は昨日と同じ事を思っている。確かに、朝食を食べ、仕事をし、昼食を食べ、仕事をし、夕食を食べて寝る。95%ぐらいは昨日と同じことをしていればそうなるのですね。それでも、残りの5%で新鮮な気持ちになれるというのは素晴らしいことだと私は思いました。

Posted by ブクログ

2021/08/08

日本経済新聞社小中大 記事利用について 印刷 印刷 俳句で学ぶ唯識 超入門 多川俊映氏 分かれば物の見方が変わる 2021/8/7付日本経済新聞 朝刊 法相(ほっそう)宗の教義である唯識の著書を数多く世に問うてきた多川さんが俳句を手掛かりに唯識の入門書を書いた。「唯識と俳句。異色...

日本経済新聞社小中大 記事利用について 印刷 印刷 俳句で学ぶ唯識 超入門 多川俊映氏 分かれば物の見方が変わる 2021/8/7付日本経済新聞 朝刊 法相(ほっそう)宗の教義である唯識の著書を数多く世に問うてきた多川さんが俳句を手掛かりに唯識の入門書を書いた。「唯識と俳句。異色の取り合わせにみえるが、昔から道歌(どうか)というものがあって、仏教の考え方などを短歌や俳句の形にして理解を助けている」  たがわ・しゅんえい 法相宗大本山興福寺寺務老院。貫首時代から伽藍(がらん)の復興に取り組む傍ら、法相宗の教義である唯識を平易に解説した著書多数。 たがわ・しゅんえい 法相宗大本山興福寺寺務老院。貫首時代から伽藍(がらん)の復興に取り組む傍ら、法相宗の教義である唯識を平易に解説した著書多数。 「10年前に『俳句で学ぶ唯識』と題して講演したが、うまくいった実感がなかった。以来、俳句、短歌、川柳などを渉猟して平易な唯識の本を書く構想を温めていた。短詩文学が好きなので執筆は面白かった。3カ月余りで脱稿しました」 唯識とは「唯(ただ)識のみなり」の意味。すべては心の働きによる情報で、視覚など五感覚で得たものと自覚的な意識、さらには潜在する自己中心性の末那識(まなしき)と大本の阿頼耶識(あらやしき)があり、これら8つの識が複雑に作用し合って人の認識する世界を構成しているとする教えだ。 この本は古今の名句を唯識の観点で解釈していて新鮮で刺激的だ。「道のべの木槿(むくげ)は馬にくはれけり」。芭蕉の句だ。「清楚(せいそ)な花を馬が食べるので芭蕉は驚いている。馬は満腹なら木槿に見向きもしないはず。それぞれの立場や状況で見える世界が全く異なる。人と人でも見え方は違う」 「『四温なりお茶の熱さが違う夜』(永六輔)。感じ方や受け止め方の違いは日常生活でもしばしば起きる。それが分かれば唯識理解の第一歩になる」 「五月雨をあつめて早し最上川」。これも芭蕉。大河は遥(はる)か上流から流れ来て、一瞬の今を経て下流に滔々(とうとう)と流れ去る。この永遠の流れは阿頼耶識にたとえられる。阿頼耶識は日々認識した膨大な情報をことごとくファイルして、すべての識を司(つかさど)る。五月雨の粒をためて大河になるように。「そのイメージが頭に入ると唯識が学びやすい」 「唯識を身近に感じてほしい。心の構造や認識のメカニズムが分かると、物の見方や人を見る目が違ってくる。これまでとは別の新たな世界が見えてきます」 (春秋社・2200円) このページを閉じる 本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。 NIKKEI Nikkei Inc. No reproduction without permission.

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