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原子力時代における哲学 犀の教室 Liberal Arts Lab
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原子力時代における哲学 犀の教室 Liberal Arts Lab

國分功一郎(著者)

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原子力時代における哲学 犀の教室 Liberal Arts Lab

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 晶文社
発売年月日 2019/09/25
JAN 9784794970398

原子力時代における哲学

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商品レビュー

3.6

19件のお客様レビュー

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2025/06/25

原子力は核兵器として利用される場合、反対されるが、「平和利用」という巧みなスローガンの元で発電に使われる場合は、長らく肯定されてきた。 それが、チェルノブイリや3.11福島などを経て、急激に反対に傾いている。 しかし、3.11以後も、事故が怖い、廃棄物質など忌避感情が強いにも...

原子力は核兵器として利用される場合、反対されるが、「平和利用」という巧みなスローガンの元で発電に使われる場合は、長らく肯定されてきた。 それが、チェルノブイリや3.11福島などを経て、急激に反対に傾いている。 しかし、3.11以後も、事故が怖い、廃棄物質など忌避感情が強いにもかかわらず、再稼働への国家的な意志はうごめく。それはエネルギー問題に煩わずに生きたいという全能感への欲望だ。 ただ、ハイデガーのみが肯定が大多数だった時代にも、その技術的特異性に注目し、警鐘を鳴らしていた。根本から考えようとする哲学の威力発揮である。 原子力に取り憑かれないためには、考えることが必要だが、そのことをパフォーマティヴに対話編で残したのもハイデガーだった。 著者が講演という形式で、模索的に思索した集成が本書だ。 問題意識はよくわかる。 ハイデガーの哲学は難しいが、それを分かるように伝えてくれている。

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2024/12/30

「反原発」の本でした 「反原発」について考える本でした というわけでレビューが消えてしまいましたw いや笑い事ちゃうわ! 思い出して書きます 大好きな國分功一郎さんです 國分功一郎さんと言えば「哲学」というなんだかちょっと遠い存在の高尚な学問というイメージのものを、わいらの...

「反原発」の本でした 「反原発」について考える本でした というわけでレビューが消えてしまいましたw いや笑い事ちゃうわ! 思い出して書きます 大好きな國分功一郎さんです 國分功一郎さんと言えば「哲学」というなんだかちょっと遠い存在の高尚な学問というイメージのものを、わいらのレベルにまでがっつり引き下げてくれる魔法のような分かりやすさなんですが、これはちょっと難しかったです いつものようにちゃんと考えよう!ってことなんだと思うんです そして「反原発」についてちゃんと考えようとする時に、「原子力の平和利用」が声だかに叫ばれた原子力時代の最初期にただ一人、その危険性について言及した哲学者ハイデッガーの考え方を検証することが助けになるよってことだと思うんですが、肝心のハイデッガーのところが分かったような分からないよなというぼややや〜んとした感じでした そもそもわいって別に「反原発」の人じゃないんよね 積極的賛成ってわけでもないんだけど なんかぼややや〜んとしてるんですそこは とにかくこれを読んで即「反原発」とはならなかったかな〜 ちゃんと考えたは考えたんだけどね(怪しい)

Posted by ブクログ

2024/07/25

四回の講義録+補論で構成される。 語句的にも難解なハイデガーに対するアプローチ、読み解き方を体験できたのはよかった。また第一講の1950年代における核技術に対する思想家の反応、日本の動きは知っておくと原発に対する見方が深まる内容で、第三講の最後部までは概ね星四以上に近いものだ...

四回の講義録+補論で構成される。 語句的にも難解なハイデガーに対するアプローチ、読み解き方を体験できたのはよかった。また第一講の1950年代における核技術に対する思想家の反応、日本の動きは知っておくと原発に対する見方が深まる内容で、第三講の最後部までは概ね星四以上に近いものだったと思う。 ただ他のレビューで言及されているように、原発推進派をナルシズムに結びつけるのはやや性急な感じが否めない。もちろん途中のアレントの指摘、つまり「人間の条件」からの脱出も相まって、原子力というものがある種の全能感を持って受け入れられたのは相応に当たっていると思う。 しかしそれは1950年代やそこらへんの原子力の神話が持続していたときのことであって、いまはやはり神話は崩壊していると思ってし、よって原発にも頼れるほどの全能感は共有されていないように思う。また自分が政治に疎いからか、いまは「原発推進派」より「反反原発派」、つまり原発によって得られた利益、あるいは秩序を、それが全能かどうかはかかわらず、確保しつづけようという人が大半な気がして、彼らの動機がナルシズムによるものかといえば、また別個に諸々の分析、引用が必要だったように思う。あるいは最終章における時代的な位置づけをはっきりしてもらえたら親切だったかもしれない。

Posted by ブクログ