1,800円以上の注文で送料無料
大隈重信(上) 「巨人」が夢見たもの 中公新書
  • 中古
  • 書籍
  • 新書
  • 1226-26-01

大隈重信(上) 「巨人」が夢見たもの 中公新書

伊藤之雄(著者)

追加する に追加する

大隈重信(上) 「巨人」が夢見たもの 中公新書

定価 ¥1,210

715 定価より495円(40%)おトク

獲得ポイント6P

在庫なし

発送時期 1~5日以内に発送

商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 中央公論新社
発売年月日 2019/07/19
JAN 9784121025500

大隈重信(上)

¥715

商品レビュー

4.6

8件のお客様レビュー

レビューを投稿

2026/03/08

知名度はそれなりにあるのだが、世間的には何となく早稲田大学を作った人という以上のインパクトは薄く、冒頭言われるように「功績がわかりにくい」人物の評伝。 佐賀藩の武士の家系に生まれ、その土地柄から長崎との関わりが深く、当時の武士としては珍しく商売や金銭に対する感覚が早くから培われ、...

知名度はそれなりにあるのだが、世間的には何となく早稲田大学を作った人という以上のインパクトは薄く、冒頭言われるように「功績がわかりにくい」人物の評伝。 佐賀藩の武士の家系に生まれ、その土地柄から長崎との関わりが深く、当時の武士としては珍しく商売や金銭に対する感覚が早くから培われ、その後の財政政策などに活かされる。 維新後は薩長主導の新政府の一角に何とか食い込み、切れ者官僚として台頭する。木戸孝允の腹心の急進派として活躍するも、次第に溝が広がっていき、むしろ最初は疎んじられていた大久保利通に近づいていくなど、明治初期政府内の人間関係はあまり知らなかったので勉強になった。国際通とのイメージとは裏腹に、岩倉使節団への参加がかなわず、生涯に渡り海外渡航の機会を得られず、英語など外国語を本格的に習得することもできなかった。 明治十四年の政変で政府から追放され、政党を組織して在野から復権を狙い、巧みに機会を捉えて念願の総理大臣の地位に上り詰めるも、政権運営に不慣れな政党内の内紛により短命で終わってしまう……というところまでが上巻。

Posted by ブクログ

2023/09/30

伊藤之雄『大隈重信』中公新書 読了。なぜこれほど有名なのに功績がはっきりしないのか。幕末〜大正の政治情勢を交えつつ、膨大な文献からその人物像を紐解いていく。損な役回りに見舞われながらも藩閥に対抗して政党政治の礎を築くなど、日本政治の近代化に寄与してきた。にしても、群を抜くページ量...

伊藤之雄『大隈重信』中公新書 読了。なぜこれほど有名なのに功績がはっきりしないのか。幕末〜大正の政治情勢を交えつつ、膨大な文献からその人物像を紐解いていく。損な役回りに見舞われながらも藩閥に対抗して政党政治の礎を築くなど、日本政治の近代化に寄与してきた。にしても、群を抜くページ量w

Posted by ブクログ

2020/08/29

著者によれば、大隈重信に関する書物は多々あるものの、その実像、評価がはっきりしないとする。 ひとつの理由として、大隈が日記や直筆の手紙を残していないこともあるらしい。 本書では、大隈の実像をつかむため、その全生涯について、出来る限りの資料を読んだ上で、特定な分野や時期に限定せずに...

著者によれば、大隈重信に関する書物は多々あるものの、その実像、評価がはっきりしないとする。 ひとつの理由として、大隈が日記や直筆の手紙を残していないこともあるらしい。 本書では、大隈の実像をつかむため、その全生涯について、出来る限りの資料を読んだ上で、特定な分野や時期に限定せずに大隈を検討し、大隈が近代日本と国民にとって、どのような存在であったかを著している。 現在では、早稲田大学創設者としてのイメージが強いのだろうが、本著を読むことで非藩閥出身者として首相も経験し、近代国家創設を先導してきた人柄、思想に触れることができる。 ・唯一西洋に開かれた重要な港である長崎を警備する役目は、佐賀藩と福岡藩に任され、両藩は一年交代で任務に当った。祖父、父の仕事は、長崎を防備する大砲の責任者であった。 ・大隈は、好んで自分より年長の友人を選んだので、友人には5、6歳から10歳以上の年長者も少なくなかった。 ・当時の常識では、武士の家に生まれた者が商人と提携を考えるのは「異常の事」であり、批判されるべきことだったが、商業の初歩を理解しながら、大隈は、維新前に商人に対する偏見を捨てていった。 ・大隈と井上・伊藤の交流は、幕末に始まっていたらしい。坂本龍馬らとも交遊し、一緒に長崎の丸山花柳界に遊んだこともあるという。 ・パークスの相手は大隈しかいない。 ・東京専門学校の学生に、イギリスを中心とした政治・法律の基本を身に付けさせ、日本を藩閥政治から脱却させる自主・独立の精神を育成する。 ・(大隈が漸進主義だということに関して)大隈は、維新以来の日本での秩序破壊は、フランス革命によるものよりも甚だしいと見て、このまま経過すればその害はフランス革命以上になる、とも述べている。 ・大隈は、国は農業から工業、商業へと発展していくととらえ、商業が発達した国が最も発展した国であるとみる。商業についての大隈の主張は国内での取引もさることながら、海外との取引、貿易に日本の発展の可能性が握られているとみる。このため国民、とりわけ実業家(商工業者・金融業者)が自立した精神と、国際的な視野を持ち、生産と取引に力を発揮し、特にイギリスのように貿易で利益を上げて富を蓄積することを理想とした。 ・列強に対抗するためにも、さらなる教育の充実を主張した。日本の学者は発明を欧米に委ねて、その成果を模倣するという姿勢でいるが、もっと発奮すべきであると批判する。 ・日本の商業・貿易の発展のためには日本の商人の道徳を高めるのが必要と見る。 ・大隈が貿易の拡大を平和と関連づけてとらえた所は新しく、その後も同様を主張をしていく。また大隈は植民地拡大ではなく、自由貿易を中心とした通商国家を理想とすることが確認できる。 ・幕末には関東は水戸藩、関西は佐賀藩が人物養成の中心で各藩より留学生がたくさんあった。

Posted by ブクログ