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ストーリー・オブ・マイ・キャリア 「赤毛のアン」が生まれるまで
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 柏書房 |
| 発売年月日 | 2019/06/24 |
| JAN | 9784760151042 |
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ストーリー・オブ・マイ・キャリア 「赤毛のアン」が生まれるまで
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商品レビュー
3.8
7件のお客様レビュー
またまたモンゴメリ。 エミリーにも出てたキーツの詩がここにも書いてあった。エミリーを読んでるときにわたしも残しときたくて自分のにっきに書いていた。遠い国の、ずっとむかしのヒトでさえこの世の真理に気づいてる。 赤毛のアンで手に入れた印税で旅した旅行記がおもしろかった。
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1917年、モンゴメリが43歳の時にトロントの婦人雑誌に連載されたもの。依頼は「ストーリー・オブ・マイ・キャリア」ということで、自伝というより、これまでどのようにして物を書いてきたか、という内容。自身の日記を多く引用している。 8歳の頃、キャベンディッシュの砂浜に船が座礁したこ...
1917年、モンゴメリが43歳の時にトロントの婦人雑誌に連載されたもの。依頼は「ストーリー・オブ・マイ・キャリア」ということで、自伝というより、これまでどのようにして物を書いてきたか、という内容。自身の日記を多く引用している。 8歳の頃、キャベンディッシュの砂浜に船が座礁したこと、同時期同年代の二人の少年が学校に通うため祖父母の家に下宿していて3人でよく遊んだ、などという子供時代の想い出が印象に残る。 9歳頃に詩を書き、「赤毛のアン」にあるような物語作りごっこを自身でもやったとある。ダルハウジカレッジを終えベルモントとベディックで教師をしていた2年間は、物語を何本も書いたとある。 初めて原稿料をもらったのは、「重大な1週間」として、1895年(21歳)の冬、月曜日にフィラデルフィアの児童向け新聞「ゴールデン・デイズ」(週刊物語新聞でサタデイ・ナイト紙につけられて発行)への短編で5ドルを初めてもらう。さらに水曜にはハリファクスの「イヴニング・メイル」に『男性と女性どちらが忍耐強いか』で5ドル、さらに土曜には雑誌「若者の友」(ボストンで発行されていた児童向け雑誌)に詩を書き12ドルもらった、とある。 1904年の春、日曜学校の新聞に書く短編に使えそうなものを探して、持ち歩いているアイデア帳をめくっていると、「まちがって女の子が・・」というメモを見つけた。プロットが浮かび設定に虜になり、「本を書こう、書きたいものはある。あとは1冊の本に足る長さに広げるだけでいいんだわ」という風に、それは「起こった」のだった、とある。 日記からの引用で、スコットランドへの新婚旅行が結構詳しく載っている。フィンガルの洞窟に行っている。気に入った場所はインバネスとある。 ・・訳文のせいかどうかわからないが、文章が硬い感じでちょっと読みずらかった。 訳者の水谷氏によるモンゴメリの生涯の解説がけっこう詳しく載っているのはよかった。日記は9歳で書き始めたが14歳でそれまでのを焼き捨て書き直し、さらに45歳の時にそれまでの日記をすべて書き写し始め48歳の時に写し終わり、それ以後は日々のメモをもとに日記に書き写すようになった、日記は後世に残すつもりで書かれているので、日記自体がいわば彼女の作品だった、とある。 雑誌「婦人の世界」に1917.6月~11月、6回にわたり連載。編集長から「ストーリー・オブ・マイ・キャリア」という題で何か書くように依頼される。1974年出版。 ※「婦人の世界」はオンタリオ州トロントで1910年頃から1920年代まで発行されていた婦人向け雑誌。1921年までに1回の発行でおそらく初めて10万部を超え(106,167部)カナダで最多発行部数を誇る雑誌となった。 2019.7.10第1刷 図書館
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モンゴメリが壮絶な一生を送っている中、赤毛のアンシリーズが出版されたのが訳者のあとがきで衝撃的でした。モンゴメリが書いた文章は母親を病気で亡くした子供時代から新婚旅行までですが、モンゴメリが息をするように執筆を支えにしていた事が分かります。
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