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漂流怪人・きだみのる 小学館文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 小学館 |
| 発売年月日 | 2018/09/06 |
| JAN | 9784094065589 |
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漂流怪人・きだみのる
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漂流怪人・きだみのる
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商品レビュー
4.3
4件のお客様レビュー
「漂流怪人」とは実に絶妙な表現。 75歳のきだみのるの担当編集者として付き合った実体験、その際の会話をベースにしつつ、きだの代表作のポイントを要領よく説明してくれるもので、評伝としてのクオリティが高い。 前半生についても本人の話を交えながら書いていて、そこも面白い。 甘粕正彦に...
「漂流怪人」とは実に絶妙な表現。 75歳のきだみのるの担当編集者として付き合った実体験、その際の会話をベースにしつつ、きだの代表作のポイントを要領よく説明してくれるもので、評伝としてのクオリティが高い。 前半生についても本人の話を交えながら書いていて、そこも面白い。 甘粕正彦に呼び出されて満州で工作員になるように勧誘された話などは、嵐山も半信半疑で聞いているのだが、いかにもな話で面白い。 伊藤野絵が大杉栄のもとに走る前の夫であった辻潤ときだは友人関係で、辻潤が残された幼い息子をパリに連れて行ったことに影響されて、きだが「ミミくん」を連れ歩いたと推測する。 率直に言って、「自分ではあまり付き合いたくないけど、話としては面白い」対象だと思う。嵐山も少しそういう感想を書いている。 でも、嵐山は振り回されつつも、きだのファンであり続けていたように見える。そういう目線で書かれているので、はみ出し者として突き放さずにいて、安心して読める(糾弾一辺倒で書かれてもおかしくないキャラクターなので)。 嵐山以外にもきだのファンである編集者、新聞記者が多くいたようで、良い時代だったのだなあと思う。 ところで『気違い部落周游紀行』の巻頭にある 「目を押せば二つに見えるお月さま」 という謎の一句について嵐山はきだに尋ねている(よくぞ聞いてくれた。私も「なんだこれ?」と思った)。 そのときは「あとで教えてやるよ」と答えたきりだったが、最晩年に入院しているきだを訪ねたときに解題があった。 富田渓仙の絵半切が由来なのだという。嵐山の記述によると 「寒山か拾得のような格好の小僧が片目を指で押して天をにらみ、空には月がふたつ描かれていた。月をひとつにするためには指をはずせばよい。見る側の欠陥や偏見のため、現実がゆがめられて見えてしまう。」 このエピソードは感動的で、だからこそ嵐山は最終章の最後にこの解題話を書いたのだと思うが、あまり効果的になっていないのは残念だ。
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きだみのる、77歳。雑誌『太陽』の編集部にいた嵐山光三郎は、きだの連載を担当する。この時嵐山は28歳。 漂泊の自由人、無類の知識人、食通。そして傲慢、不遜、自己中、老獪、猥談好きで女好き。行動派で、大型トラックまで乗り回す。まわりは振り回され、その傍若無人ぶりに辟易する。 私もき...
きだみのる、77歳。雑誌『太陽』の編集部にいた嵐山光三郎は、きだの連載を担当する。この時嵐山は28歳。 漂泊の自由人、無類の知識人、食通。そして傲慢、不遜、自己中、老獪、猥談好きで女好き。行動派で、大型トラックまで乗り回す。まわりは振り回され、その傍若無人ぶりに辟易する。 私もきだの破天荒さは予想していたが、まさかここまでひどいとは思っていなかった。『昆虫記』や『気違い部落』で作り上げていたイメージは雲散霧消した。後半には、スキャンダラスなことがいくつも登場する。 この本の冒頭にある一枚の写真。きだや嵐山と一緒に写っているのは、半ズボンをはいた女の子、ミミくん、7歳。どこか妖しく明るい。きだを「おじちゃん」と呼んでいたが、きだの愛娘だった。きだは、この魅力的な女の子を学校へも通わせず、日本中や海外を連れ回していた。 しかし、きだも寄る年波には勝てず、このマスコットを手放すしかなくなる。ミミくんはある家族の養子となり、その養父はやがてこの子をモデルした小説を書く。そしてこの作品が芥川賞を受賞することになるのだが……。 嵐山の文章からは、きだの体臭も漂う。彼の体の熱も感じられる。口臭ともつかない、きだの熱い息づかい。生きているきだみのるが感じられる。 嵐山もきだのことは生々しくてすぐには書けなかったのだと思う。それが抜けるのに50年。書けるようになった時、嵐山はあの時のきだの年齢になっていた。
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もう一度繰り返そう。長生きすることだ。 そうすれば、新地獄.極楽の布教者たちのそのときどきの所論の適否、正誤がわかるだろう。 そして現役の人間としてくたばることだ。 そうしたら子供の世話になるという屈辱的な考えを起こさずにすむ。 子供は子供。 親は親だよ。 そうだろう。
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