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誰にもわかるハイデガー 文学部唯野教授・最終講義
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誰にもわかるハイデガー 文学部唯野教授・最終講義

筒井康隆(著者)

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誰にもわかるハイデガー 文学部唯野教授・最終講義

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 河出書房新社
発売年月日 2018/05/14
JAN 9784309248653

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誰にもわかるハイデガー

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商品レビュー

3.7

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2024/12/20

誰かが感想を書いていて興味があったのでBOOKOFFオンラインで購入、読了。 わかりやすく書いてあるのだが、ハイデガー特有の用語が全然頭に入ってこない。 とりあえず読み終えたが、頭の中は「?」のまま。 とりあえず学生時代に読んでいまだ本棚にある「文学部唯野教授」を読み返そうか...

誰かが感想を書いていて興味があったのでBOOKOFFオンラインで購入、読了。 わかりやすく書いてあるのだが、ハイデガー特有の用語が全然頭に入ってこない。 とりあえず読み終えたが、頭の中は「?」のまま。 とりあえず学生時代に読んでいまだ本棚にある「文学部唯野教授」を読み返そうかな、と思った。 あと「時をかける少女」も読まないとな、と思いました。

Posted by ブクログ

2024/10/23

今ある世界、生まれてから育てられるがままに認識した世界を、違う見方で再定義する。それはつまり、人間を現存在と呼んでみたり、世界内存在呼んでみたり。草木や太陽を事物的存在者と呼び、道具的存在者と区別する事で、この世界の解釈を変えてみる。ハイデガーの言語に倣わなくても良い。電車に乗り...

今ある世界、生まれてから育てられるがままに認識した世界を、違う見方で再定義する。それはつまり、人間を現存在と呼んでみたり、世界内存在呼んでみたり。草木や太陽を事物的存在者と呼び、道具的存在者と区別する事で、この世界の解釈を変えてみる。ハイデガーの言語に倣わなくても良い。電車に乗り合わせた人たちを、事物と呼ぶか、敵と呼ぶか兄弟と呼ぶか、丸太と呼ぶ、糞便製造機と呼ぶなど、切り抜き方や当てはめ方は多様だ。筒井康隆の教え方が上手くて、つい勝手にそんな事を考えた。呼び名を変え、定義を変え、見方を変えてみる。 ー そのサルトルも、つまり第一次世界大戦後の若い人たちの一人であったんだろうと思います。彼らも何か基盤になる思想がほしかったんですね。何もない状態から何か一つもとになる思想がほしかった。それで皆、これに飛びついてきたんです。そしてその後、ハイデガーが出てきて実存主義が流行って、フランスで実存主義が大流行します。哲学に関係ない女性までもが実存主義スタイルなんて言って、髪の毛を長く伸ばして、黒のトックリのセーターに、脚より細いような黒のスラックスをはいて、それが実存主義スタイルだというような、そんなことがあったんです。それはともかくとしまして、我々が思うのには、たしかにフッサールは素晴らしい、すべて余計なものを取り払ってカッコの中に入れてしまえということは素晴らしいんだけれども、じゃあそれはどこまでカッコの中に入れたらいいのか、ということなんです。これがガラスでできているということまでカッコの中に入れるのかどうか。 実存主義スタイルなんて、さぞかしお洒落な。いや、ファッションこそ、再解釈の分かりやすい事例だろうか。昨日までの流行は、全く同じ形で、明日の時代遅れ。思想や切り抜き方の流行。机を作業用の台と見るか、バリケードと見るか、芥正彦が三島由紀夫にそんな事を言っていた。すかさず「関係を否定してもそれは観念論のお遊び」「そういうことを言っていると、東大全共闘の名が廃れる」と突っ込まれて終わる。芥正彦を評価するポピュリズムよりも、言葉の再定義の無効性を喝破する方が、私には清々しい。 飯は飯、机は時により恣意的に意味は変わるが、言語に囚われて批評と解釈を生んでも、傍観者でしかない。机を作る方がよほど、革命に貢献するのであった。哲学の限界にも見えるが、それは事物の制限でもある。

Posted by ブクログ

2024/09/23

積読となっていた本だが、最近になり読み始め、一気に読み終えた。 「存在と時間」について、簡潔に説明がなされている。 「死」に関しての不安を感じた事はほとんどないし、考えてみても「ふーん」といったものである。 無意識的には「不安」があり、自覚がないだけなのだろうか、歳を取り、「死」...

積読となっていた本だが、最近になり読み始め、一気に読み終えた。 「存在と時間」について、簡潔に説明がなされている。 「死」に関しての不安を感じた事はほとんどないし、考えてみても「ふーん」といったものである。 無意識的には「不安」があり、自覚がないだけなのだろうか、歳を取り、「死」を自覚し始めれば分かるだろうか。 しかし、「死」は何時でも訪れ得るものである。 「死」を「先駆的了解」出来る日はまだ訪れそうにない。

Posted by ブクログ

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