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戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略 中公新書2481
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戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略 中公新書2481

平川新(著者)

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戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略 中公新書2481

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 中央公論新社
発売年月日 2018/04/18
JAN 9784121024817

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戦国日本と大航海時代

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2026/02/14

【内容】 戦国期の日本が大航海時代を迎えて次々と日本にやってきた西欧諸国とどう相対したか、そして最終的に「鎖国」体制に至ったかを、日本側は信長、秀吉、家康(&秀忠)、そして伊達政宗の4人の武将を軸に、西欧側はカトリック布教による勢力拡大を目論むポルトガル、スペイン陣営の動向に焦点...

【内容】 戦国期の日本が大航海時代を迎えて次々と日本にやってきた西欧諸国とどう相対したか、そして最終的に「鎖国」体制に至ったかを、日本側は信長、秀吉、家康(&秀忠)、そして伊達政宗の4人の武将を軸に、西欧側はカトリック布教による勢力拡大を目論むポルトガル、スペイン陣営の動向に焦点を当てて描く。 信長の頃までは貿易推進のために布教を認めていたが、カトリック勢力による布教が軍事的進出と結びつくことを警戒していた秀吉は一転してバテレン追放令を発出する。そんな秀吉の朝鮮出兵は、スペインに対抗して中国、インドに至る東アジア領域を手中に収めようとする東アジアの覇権を巡る対抗意識に端を発する構想の一部だったと著者は主張する。そのことは中国支配後に自らの居を東海アジア貿易の中心だった寧波に置くことを構想していたことを見て取れるとしている。そんな秀吉をスペインは「皇帝」と呼称し、当時世界随一の武力を誇る日本が見せる帝国的振る舞いを恐れたが、その「皇帝秀吉」の死により日本の対外膨張政策は終わりを告げる。 家康は当初西欧諸国との積極的貿易を推進する。従来のカトリック勢力のほか、オランダやイギリスといったプロテスタント系諸国との貿易も開始する中で、貿易の実利と布教の弊害を比較して今後の通商国を見極めようとしていた。初めは貿易推進を目的に布教を黙認する意向だったが、江戸、駿府来場時のスペイン側の振る舞いへの嫌悪や岡本大八事件を契機に禁教へと舵を切る。オランダとの通商でも必要なものは手に入ることを確認した江戸政権は1624年にスペインとの国交を断絶した。 最後までスペイン(の支配するメキシコ)との通商を諦めなかったのは伊達政宗だった。メキシコから来日する船が太平洋を横断して東北沿岸を通ることに着目し、伊達領内に限定して特別に布教を容認することで通商を認める構想だった。これは政宗の独断ではなく、家康の布教の影響を限定させつつ江戸で直接貿易したい意向にも合致するものだった。政宗は支倉常長をスペイン、ローマ教皇庁に派遣し通商交渉を試みる。しかしあくまで伊達家を代表するに過ぎない常長と日本全土での布教を望むスペインでは折り合いはつかず交渉は失敗する。そして家康、および秀忠から二度にわたる謀反の企を疑われる情報戦を仕掛けられていた政宗は、常長帰国後速やかに禁教を布告した。こうして日本は通商チャネルを江戸政権が管理する"鎖国体制"に移行し、カトリック勢力との通商は以後250年近く途絶えることになる。 【感想】 秀吉の対外政策の背景に関する新たな見解の提示(西欧諸国との対抗意識を契機とする案)や、鎖国に至るまでの経緯の分析、さらに政宗の仙台宗教特区構想等、従来の歴史観に対する数々の新しい見方や意見が提示されており興味深い内容だと思う。また内容は日本側、西欧側両方を広く分析しており、著者の見識の広さが伺える。 ただ一部の宣教師の手記、書簡の首長をもってスペインが帝国主義の矛先を日本にも向けていたとする主張等は、やや主張が飛躍している感も覚えた。今のように情報が全て瞬時に手に入る訳でもない中で、スペイン、日本側双方とも長期的な戦略より個別状況への対応の積み重ねとして行動していた、それらの偶発的出来事の積み重ねが断絶に繋がったというのが実像だろう。そういうところからすると、どちらか(より深い研究が望まれるのはスペイン側か)に焦点を当てたより詳細な分析も読んでみたい。 総じて戦国〜江戸初期の西欧諸国との通商関係の発展から"鎖国"による整理までを広く俯瞰し、その中で新たな視点を提示しようとした意欲作だと思う。

Posted by ブクログ

2025/09/16

秀吉や家康が行ったバテレン追放、キリスト教禁止、そしてキリシタン迫害は、かつては野蛮な黒歴史であるかのように扱われてきた。しかし、当時キリスト教の布教はスペイン、ポルトガルの世界征服事業と一体であり、秀吉や家康の政策がこれに対抗するためであったことが今や明らかになっている。 た...

秀吉や家康が行ったバテレン追放、キリスト教禁止、そしてキリシタン迫害は、かつては野蛮な黒歴史であるかのように扱われてきた。しかし、当時キリスト教の布教はスペイン、ポルトガルの世界征服事業と一体であり、秀吉や家康の政策がこれに対抗するためであったことが今や明らかになっている。 ただ、それだけでは十分ではない。当時、イエズス会は明確に日本征服論、明国征服論を唱えており、バテレン追放令や禁教令に対しては日本への派兵を要請する声もあった。実際、スペイン、ポルトガルは世界では否応なく領土分割を強行していたのであり、それなのになぜ日本征服を思いとどまったのか。 本書は、この問題を信長、秀吉、家康、そして政宗の対外政策を通じて明らかにする。その前提となるのは、長い戦乱を経て日本に強大な軍事力を擁する統一国家が成立していたことだ。軍事力を背景に秀吉はスペイン領フィリピン総督には服属さえ要求している。そして朝鮮出兵を目の当たりにしたフィリピンは恐怖に慄いた。もはや日本の植民地化どころではなかったのだ。 面白いのは、このような日本を見てスペイン、ポルトガルが日本を「帝国」、秀吉や家康を「皇帝」と呼んでいたことだ。当時はヨーロッパにおいて「帝国」とは神聖ローマ帝国であり、スペイン国王さえ「皇帝」ではなかった。後にペリーが来航して将軍宛に奉呈した大統領親書に、「日本国皇帝陛下」とあったのはこのためだという。 かつてモンゴル帝国を撃退できたのは、曲がりなりにも日本が武家社会(軍事政権)に移行していたからだ。そして大航海時代に植民地化を免れたのは、漸く戦国の世が終わり天下統一が成就したからだった。まさに僥倖と言うべきであり、このような事情を正しく把握しておかねば将来国を誤ることもあり得るのだ。

Posted by ブクログ

2024/03/11

戦国日本というどちらかというと内部での闘争に明け暮れた時代という描かれ方をする時代に対して一石を投じるような本だった。5だと盛りすぎなので4.5くらいかなと。 特に、秀吉の朝鮮出兵の意図を再解釈したところが特に面白かった(だからといって他国へんの侵略を容認するわけではないというの...

戦国日本というどちらかというと内部での闘争に明け暮れた時代という描かれ方をする時代に対して一石を投じるような本だった。5だと盛りすぎなので4.5くらいかなと。 特に、秀吉の朝鮮出兵の意図を再解釈したところが特に面白かった(だからといって他国へんの侵略を容認するわけではないというのが筆者の主張でもある)。 また、外交関係を洗うことで家康と政宗の関係性を炙り出したところも興味深い点だった。 歴史を見る目が変えてくれる良書だと思います。

Posted by ブクログ