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倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア 中公新書2470
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倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア 中公新書2470

河内春人(著者)

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倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア 中公新書2470

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 中央公論新社
発売年月日 2018/01/01
JAN 9784121024701

倭の五王

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商品レビュー

3.8

23件のお客様レビュー

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2026/09/13

同著者の「継体天皇」が面白かったのでこちらも読んだ。 古墳時代の継体天皇から時代はさらに遡り、五世紀。その時代に中国に使節を送り、中国の史書に名を残している倭の五王とは一体誰か?その時代の倭国とはどのような状況だったか?と言うのを、いわゆる記紀だけでなく、中国の歴史書や当時の東ア...

同著者の「継体天皇」が面白かったのでこちらも読んだ。 古墳時代の継体天皇から時代はさらに遡り、五世紀。その時代に中国に使節を送り、中国の史書に名を残している倭の五王とは一体誰か?その時代の倭国とはどのような状況だったか?と言うのを、いわゆる記紀だけでなく、中国の歴史書や当時の東アジア政治情勢を読み解きながら研究していく。とても面白かった。 「日本の立場だけで日本史を考える危うさについて気づくきっかけになればと思う」と『はじめに』の部分にあるように、大量の中国の文献資料が出て来るので圧倒される。日本の古代史を研究するのに、古代中国の漢文史料を読めなければいけないんだなあ…と、広すぎる研究範囲やそこまで資料を読み込む努力に敬服する。他にも室町時代の僧の資料や、アフリカの民族の口伝家系図の例などもちらっとだが出てきて、アンテナの張り方の広さに感心してしまった。 倭の五王に関しては、やはり残された資料が少ないので、誰が誰である、ということはある程度まで推測はできるものの、確定にまでは至らない。だが当時の倭国の状況などを推論していく過程が面白い。倭という名前も、中国の習慣に従い名字を名乗る必要があったので、それまで国内では名字を持たなかった王たちは中国に対して倭を名字として名乗ったともあって面白かった。 この本のあとに出版された「継体天皇」繋がるお話も色々出てきて興味深かった。 特に面白かったのが、中国の皇帝に持参する外交文書である上表文について。 倭王武のものが、「四文字の対句を基調として構成されており、当時の文書の中でも文学的に優れたものであり、中国で書かれた文書と比較しても遜色のないものとして評価されている」とあり、当時かなり出色だったらしくそのまま中国の文献に残されている。 そもそも皇帝に奏上するものなので、中国古典の語句や文を引用した優れた文書であることにより、自国の文化水準をアピールして皇帝やその宮廷の目に止まる必要があったらしい。周辺国が文書の出来栄えについてもしのぎを削っていたというのが面白いし、巻末に実際の武の上表文が掲載されているが、こういう文章をやりとりしていたのだと思うと当時の(主に中国の)文化レベルの高さに驚く。 よく渡来人が技術を日本にもたらして優遇されたと聞くが、中国の歴史書や詩文に造詣が深い学者のよう人物も、単に文字を使って記録ができるということ以外にこういう面でもとても重宝されたのだろうなあと思った。 対等とは言えなくても、平和的に外交交渉をするためには、古代においても文化レベルやいわゆる共通の教養が大事だったのだなと思う。 そう考えると、人間はやってることは変わらないなあとつくづく思った。

Posted by ブクログ

2026/09/12

・336年慕容皝が前燕を建国。 ・342年、前燕の反対勢力の受け入れ先であった高句麗を攻撃、丸都を占領。 ・369年、東晋が前燕を攻撃。その戦いで功のあった慕容垂と権力者の慕容評が対立。慕容垂は前秦に亡命。 ・370年、前秦が前燕に攻め込み、前燕滅亡。 ・371年、華北の流動化に...

・336年慕容皝が前燕を建国。 ・342年、前燕の反対勢力の受け入れ先であった高句麗を攻撃、丸都を占領。 ・369年、東晋が前燕を攻撃。その戦いで功のあった慕容垂と権力者の慕容評が対立。慕容垂は前秦に亡命。 ・370年、前秦が前燕に攻め込み、前燕滅亡。 ・371年、華北の流動化に伴い、高句麗は百済を攻撃するも大敗。 ・376年、前秦が鮮卑の代国を従属させ、華北統一。 ・383年、淝水の戦いで東晋が前秦を破る。 ・396年、広開土王が百済を破って従属させる。 ・439年、北魏が華北を統一。 ・475年、高句麗が再度百済を破り、百済は一時的に滅亡。 ・478年、武は遣使で冊封を受けるとともに、高句麗と戦う軍権を宋から認めてもらう。 ・479年、宋滅亡。 ・5世紀の倭王権を構成する有力王族集団は讃グループと済グループ、北陸グループの少なくとも3つ。古市古墳群と百舌鳥古墳群が讃グループと済グループに相当すると考えられる。 ・五王は宋から冊封されることで官爵を獲得し、国内の王族・豪族や朝鮮半島との関係にそれを利用、権力を構築した。宋滅亡は国際世界におけるルールが変化し、依拠していた皇帝の権威が破綻したことを意味する。

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2026/08/29

教科書で誰しも見たことのある倭の五王に関する書。 関連資料が少ないことから、研究としては停滞していると思い込んでいたけれど、本書を見ると東アジア情勢と組み合わせることで、多くの解釈が成立することを知った。 日本書紀や古事記との照らし合わせ上の倭の五王をどの天皇と照合するかという点...

教科書で誰しも見たことのある倭の五王に関する書。 関連資料が少ないことから、研究としては停滞していると思い込んでいたけれど、本書を見ると東アジア情勢と組み合わせることで、多くの解釈が成立することを知った。 日本書紀や古事記との照らし合わせ上の倭の五王をどの天皇と照合するかという点も、複数の説があり得るということがよく分かる。 考古学的成果とも照らし、5世紀に複数の有力集団があったということは、大変興味深い。

Posted by ブクログ

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