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性食考
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性食考

赤坂憲雄(著者)

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性食考

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 岩波書店
発売年月日 2017/07/26
JAN 9784000612074

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商品レビュー

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2025/09/13

2025/09/13 読むの疲れた。題材をコネコネしてる本を久しぶりに読んだ。「もの食う人々」ににてるなって思ってたら出てきてびっくりした。 p5 東日本大震災が始まった年の夏から秋にかけて、「魚や蛸を食べる気になれない」という人が少なからずいた。被災地に近い、例えば岩手県遠...

2025/09/13 読むの疲れた。題材をコネコネしてる本を久しぶりに読んだ。「もの食う人々」ににてるなって思ってたら出てきてびっくりした。 p5 東日本大震災が始まった年の夏から秋にかけて、「魚や蛸を食べる気になれない」という人が少なからずいた。被災地に近い、例えば岩手県遠野市では、捕れた地魚をさばくと、内臓の中から人の爪や歯が出てきた。蛸の頭のなかに髪の毛が絡まっていたといった真偽を確かめようのない噂がしばしば聞かれたのであった。 p6 かれら(都会のハンター)にとって、狩猟とは殺すために殺す遊びに過ぎなかった。東北の狩人たちは、食べるために、生きるために野生の獣たちを殺すのであり、そこが決定的な分岐点となる。 p8 ひとりの三陸の猟師が、震災後、鹿猟をやめて、ついに鉄砲も返却したのである。起点にあったのは、震災の年の秋に獲った鹿の肉から放射性物質が検出された、ということだ。 〜 ここではあきらかに、「食べられないなら、殺さない。殺したくない」ということにこそ、重心があるはずだ。 〜 いま・そこで、東北の伝統的な狩猟の世界が震災のもたらした影のもとで、ひっそりと幕を閉じようとしている。食べるために、生きるために、狩人たちは野生の獣たちを殺してきた。 〜 それはおそらく、東日本の自然生態系にたいして、深刻な影響をもたらすことになるだろう。 p10 東北の狩猟者たちはすでに、高齢化と人口減少という問題に直面していた。震災によって、狩猟が狩猟として成り立たない状況が生まれたために、それは加速度的に深刻なものになろうとしている。 p11 中尊寺建立供養文を想起したのであった。 「この鐘の音は、あらゆる世界に響きわたり、誰にでも平等に、苦悩を去って、安楽を与えてくれる。攻めてきた都の軍隊も、蝦夷とさげすまれ攻められたこの地の人たちも、戦いにたおれた人は昔から今まで、どれくらいあっただろうか。いや、人間だけではない。動物や、鳥や、魚や、貝も、このみちのくにあっては、生活のため、都への貢ぎもののために、数え切れない命が今も犠牲になっている。その魂はみな次の世界に旅立っていったが、朽ちた骨は今なおこの地の塵となって、うらみをのこしている。鐘の声が大地を響かせ動かす毎に、心ならずも命を落とした霊魂を浄土に導いてくれますように。」 p33 昔話における重要なモチーフとしての変身をめぐって、西洋/日本のあいだには本質的な差異が見出されてきた。鶴女房など日本の異類婚姻譚に普遍的に見られるのは〈異類→人間→異類〉という変身である。変身する主体はつねに異類なのである。 これにたいして、ヨーロッパの昔話では、変身する主体はつねに人間であり、「カエルの王様」における変身は〈人間→異類→人間〉という方位をもつ。動物観として眺めれば、日本では鶴・狐・蛇などの動物が人智を超える不思議な力をもって、ときには人間に変身するのにたいして、ヨーロッパでは動物に霊的な力が認められてないから、人間に変身することは考えられない。そこではただ、人間がときに魔法によって動物に変身させられるだけのことだ p111 例えば身体からの分泌物、つまり糞便・尿・精液・月経血・切った髪や爪・垢・吐いた唾・母乳などは、たいてい厳しいタブーの対象となる。それらはいわば、わたしであって/わたしではないモノであるがゆえに、タブーの対象とならざると得ない。唯一の例外は、涙であったか。涙にはケガレを浄化する力が宿ると信じられていることが多い。ともあれ、身体の内/外が交わりら隔てられる曖昧模糊とした領域に、身体にまつわるタブーが生成を遂げるのである。 →『自分のあたりまえを切り崩す文化人類学入門』 箕曲在弘著にも同じことがかいてあった。その時はヨーロッパ人と日本人の家はどこまでが内なのかというもの絡められていた。これは面白いな。涙に関しては確かに!ってなった。なぜが清らかなものになってるよな。 p275 辺見庸の「もの食う人々」の →題材が似てるなと思ってたから出てきた瞬間テンションあがった。

Posted by ブクログ

2024/06/27

震災後、人の一部を食べたかもしれない魚を積極的に食べようとする漁師。「だから、俺は喰うんだよ」 レヴィストロース 子どもの心に人間と動物たちの連続性を教えこもうとするためのぬいぐるみという存在。「原初の連帯」を回復するための手続き説。 日本やエスキモー、インディアンの物語にお...

震災後、人の一部を食べたかもしれない魚を積極的に食べようとする漁師。「だから、俺は喰うんだよ」 レヴィストロース 子どもの心に人間と動物たちの連続性を教えこもうとするためのぬいぐるみという存在。「原初の連帯」を回復するための手続き説。 日本やエスキモー、インディアンの物語において、動物が動物として人間と婚姻関係を結ぼうとする。異類婚姻譚もまた、「原初の連帯」を回復するためよ文化の仕掛け説。 動物でありながら/動物であることを拒み、そこから逃走する、という逆説こそが、ヒトの人間としての条件? 性と死は同時に登場したもの。単細胞生物には「死」という概念はない。「死」の対極は「生」ではなく「性」。

Posted by ブクログ

2024/06/09

表紙とタイトルに惹かれて借りました。 民俗学・文化論の学者さんが書いている本なので、興味のある人ない人の差が激しいかなと思います。(私は興味が無い人でした)

Posted by ブクログ