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共生保障 〈支え合い〉の戦略 岩波新書1639
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 2017/01/01 |
| JAN | 9784004316398 |
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共生保障
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共生保障
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商品レビュー
3.3
5件のお客様レビュー
364.021 ミヤモ 困窮と孤立が日本社会の分断を深める。共生のために支え合いできる制度を見直す必要がある いかにして多様な共生を作り出せるか自治体やNPOの実践から「共生保障」を提示している
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共生保障 <支えあい>の戦略 宮本太郎 本書の問題意識は、これまで日本の社会保障が国家を支える「強い個人」と、「強い個人」に支えられるべき「弱い個人」に過度に峻別してきていることにある。日本の社会保障では、献身的な妻と日本的終身雇用に支えられた男性稼ぎ主(=強い個人)が、働けず...
共生保障 <支えあい>の戦略 宮本太郎 本書の問題意識は、これまで日本の社会保障が国家を支える「強い個人」と、「強い個人」に支えられるべき「弱い個人」に過度に峻別してきていることにある。日本の社会保障では、献身的な妻と日本的終身雇用に支えられた男性稼ぎ主(=強い個人)が、働けず、安定した家庭を形成できない弱い個人を支えるという方式と取ってきたが、問題は強い個人/弱い個人の両面に起こっている。まず、「強い個人」の減少があげられる。日本経済の低成長により日本型終身雇用の企業は減少の一途をたどる。会社が必ず従業員の人生のケツ持ちをしてくれるというのは過去の常識となりつつある。さらに、女性の社会進出により共働きが増加する中で、家庭内分業により男性稼ぎ頭を支えるという世帯の在り方自体が限界を迎えている。その上、非正規雇用の増加により、男性稼ぎ主1人だけで家計を支えることも難しいワーキングプア&晩婚化という現状もある。一方、支えられる側もまた、生活保護の受給要件として、雇用がないことなど、徹頭徹尾「弱い個人」としての状況や立ち居振る舞いが求められる。本当は一部の就業が可能であるにもかかわらず、全く働くことができなければ生活保護の対象にならないという状況が、支えられる側の固定化を招いている。さらに、現在の社会保障の形は、老齢・障害・困窮など、困難の根拠を個人の属性に依拠する形で絞り込んでいるため、家庭内での複合的な困窮には対処できないことがある。このように、そもそも日本の社会保障の前提としていた強い個人が弱い個人を支えるという基盤そのものが、限界を迎える中で、支える側に対してもしっかりと支援を行っていくとともに、支えられる側に対してはユニバーサル就労の在り方など、国として支援をしつつ、保障だけでなく、雇用を提供することが新たな国家の社会保障の形態であるということが本書のメインテーマである。こうした「支える側」を支え、「支えられる側」の参加機会を増やす保障の在り方を共生保障として、持ちつ持たれつの支えあいの戦略を立ち上げる必要があるのである。 日本では、一億総活躍や普遍保障という形でこれまで共生保障に近い概念が導入されようとしてきたが、問題として日本経済の低成長による財政的な困難や中間層の解体などが重なり、骨抜きの形で導入されてきたなどの課題も挙げられている。 本書後半では、共生に関する二つの立場から、日本社会への応用を考える考察があり、その部分も非常に興味深かった。まず、共生には手段としての共生という側面と、目的としての共生という側面がある。まず、手段としての共生とは、社会やコミュニティが持続するためにはお互いを支えることが必要不可欠である互恵的利他主義の観点である。これは、日本の社会保障の財政的な側面においても、自明な部分であろう。一方、目的としての共生は承認を巡る問いでもある。お互いが承認し合うということがそれ自体として人間の幸福に与える影響が大きく、共生することそれ自体が目的足りうるというものである。特に後半は重要な問題であると考える。近年増加するメンタルヘルスは、終身雇用の企業内での一元化された価値体系の中での悩みという側面もあるのではないかと考える。コミュニティを複線化することで、認められる機会も増え、自己肯定感の向上、メンタルヘルスの向上につながるのではないか。私は、保険代理店で主に団体保険を専門に扱っているが、同時に社会保障を考えるコミュニティにも入っている。そのため、企業では、公的保障に強い営業マンとなり、一方、社会保障を考えるコミュニティでは、企業保障に詳しい成員となることも可能である。コミュニティごとに求められる知識水準が異なることにより、それぞれのコミュニティで承認される機会が増える。コミュニティの複線化は、確かに度が過ぎればアイデンティティ不安となるが、適度に行うことで自己肯定感を上げる方策となる。マクロな視点でも、日本企業では、企業や業界を横断した連帯が弱い。特に労働組合や健保組合が独自に企業内で形成されていることもあり、労働者、生活者の支援という観点での連帯が弱いのである。そう考えると、企業外でのコミュニティを組織的に励行することにより、業界横断的な連帯を強めることも可能ではないかと考える。
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「支える側」と「支えられている側」に分断されている社会に一石を投じる一冊。新しい「共生保障」という概念が紹介されている。 「共生保障」とは「支える側」を支え直し、「支えられる側」に参加機会を広げようとする考え方である。具体的には、「支える側」に対して保育・介護サービスの拡充やリカレント教育の機会の拡大を、「支えられる側」にはユニバーサル就労や共生型ケアなどが考えられる。一定時間就労できる条件をさす「ベーシックワーク」やベーシックインカムなども視野に入れた補完型所得補償など、目新しい提案もなされている。そして、「支えられる側」の参加機会が拡大しない理由として、自治体の雇用部局と福祉部局の縦割り指摘している。的を射た指摘だと思う。 そして、特に個人的に興味を持ったのが、なぜ日本の社会保障制度が国民の分断を招いているかという著者の分析である。①財政的困難、②自治体の制度構造、③中間層の解体、という3点を挙げている内容には納得した。つまり、①財政的制約⇒保険料の増加⇒低所得者への負担増大、②幼保の所管部署の違い、③低所得者の増加に伴う「支えられる側」の増加、という悪循環である。こうした悪循環を断ち切るためには税負担の増加は避けて通ることができないが、国民にはサービスを還元されている感がないため、支持率の低下を恐れる政府が増税を先送りするという、さらなる悪循環も指摘している。 以上のような要因分析まではおもしろさを感じたが、それでは具体的にどのような政策が必要か、読んでいて理解するまでには至らなかった。「シェア金沢」や弘前市の「就職支援カレッジ」などの紹介されている事例もいくつかあるが、いずれも地方都市での取組みであり、核家族化やコミュニティの衰退が進み、地方よりも人間関係が分断さえている都市部においても同様の取組みができるか、甚だ疑問が残る。 「共生保障」という理念は納得できるが、その理念を実現するための具体的なプロセスやその実現性については、最後まで腑に落ちなかった。
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