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通州事件 日中戦争泥沼化への道 星海社新書102
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 星海社 |
| 発売年月日 | 2016/12/01 |
| JAN | 9784061386075 |
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通州事件
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通州事件
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戦争といえばいつも市民が巻き添えとなり、平穏な日常生活は暴力により破壊され罪の無い多くの人々がその犠牲となる。近年、ロシアがウクライナに軍事侵攻した際にもブチャでの虐殺により、報道で流された映像や解説には、目や耳を疑いたくなる様な凄惨なものもあった。かつては日本も大陸中国に侵攻し...
戦争といえばいつも市民が巻き添えとなり、平穏な日常生活は暴力により破壊され罪の無い多くの人々がその犠牲となる。近年、ロシアがウクライナに軍事侵攻した際にもブチャでの虐殺により、報道で流された映像や解説には、目や耳を疑いたくなる様な凄惨なものもあった。かつては日本も大陸中国に侵攻し、悪名高き南京事件を引き起こすが、世界記憶遺産に登録された事件の被害人数としては、中国の公式見解として30万人と言われている。現在もなお正確な被害者数ははっきりしないものの十万人近い市民や捕虜が虐殺されたのは歴史上でも類を見ない非道であった事は間違いない。1937年12月に発生した南京虐殺から遡る事数ヶ月前、盧溝橋事件にて北支事変への火蓋が切られ、日中双方は各地で小競り合いを起こす最中、通州事件が発生する。本書はその事件に至る時代背景を考察すると共に、事件の経緯、被害者である日本人や朝鮮人たちがそこでどの様な暮らしをしていたか、そして事件がその後の日中間でどの様に取り扱われていくかについて描いていく。 通州事件は1937年7月に発生する(南京事件の5ヶ月前)。当時日清•日露戦争に勝利した日本は大陸のロシア権益を受け継ぎながら、中国の北方支配を固めようとしていた時代だ。日本側からすれば対ロシア、中国に対する緩衝地帯を設け、自国の権益を直接的な脅威から守る事に専念する。通州は正にその緩衝地帯の中にあり、そこには現地の匪賊を中心とする武闘勢力を保守隊の位置付けで配置していた。もちろんそこには日本人や当時日本の勢力下にあった朝鮮人たちも暮らしており、日本の守備隊と保守部隊が駐屯する状況があった。事件は日本側の守備隊が留守にある間に発生するが、親日中国人で現地を統括する殷汝耕は保守隊を率いる保安隊第一総隊総隊長の張慶余、第二総隊の総隊長張硯田により監禁され、同部隊を中心とした市内の虐殺が開始される。事件による死者は日本人朝鮮人合わせて200名以上に上り、男子は斬首や縄で縛られて引きまわされる、女子は陵辱された上で同じく惨殺されるといった地獄の様相となる。中には妊婦の腹の中から赤子を取り出し、地面に叩きつけるなど、その後発生する事になる南京事件の逆(中国人による日本人殺害)パターンが起こっていたと言える。この事件の背景には対立する日中間で抗日意識を煽った国民党軍や共産党軍のスパイ工作とする見方もあり、未だはっきりとした事は判っていない。だが、日本は新聞各社が事件を大きく取り上げた事で、日本人の中国人に対する怒りの感情や悪を成敗すべしといった世論の醸成に繋がる。その後の南京大虐殺までを一連の大きな流れで見ていくと、恨みがまた新しい恨みを呼び起こし、人間が互いに殺戮を快感と共に喜びあう空気が既に出来上がってしまっていた様にも思える。正に復讐の悪循環にも見えるわけだが、その後の事件の収拾は図られるものの、歴史が語る様に、日本は中国との泥沼の戦いに突入し、そしてアメリカを敵に回して敗北する大東亜戦争へと転げ落ちていくのである。 事件を単なる敵国同士の争いの中で起きた悲劇として見るなら、よくある一般市民の虐殺で終わってしまう。その前後関係やそもそもなぜそこに日本人が暮らしていたのか等、それら事情を理解する事でより、事件の真相に迫ることができる。そしてそれらをプロパガンダとして利用しようとする国家の冷徹さなどを改めて理解する。そこで亡くなられた人々の冥福を祈ると共に、再び繰り返さないという誓いを新たに、平和について一人一人が深く考え、実現させなければ亡くなった人々は浮かばれない。
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通州は北京のすぐ東にある州である。ここで日中全面戦争勃発直前の1937年7月29日に、中国人部隊「保安隊」が日本の守備隊を襲い、軍人はじめ居留民300名近い人々を殺した。これはもとはと言えば、日本がそこに打ち立てた協力政権(傀儡政権)である冀東政権の秩序維持部隊の反乱であった。つ...
通州は北京のすぐ東にある州である。ここで日中全面戦争勃発直前の1937年7月29日に、中国人部隊「保安隊」が日本の守備隊を襲い、軍人はじめ居留民300名近い人々を殺した。これはもとはと言えば、日本がそこに打ち立てた協力政権(傀儡政権)である冀東政権の秩序維持部隊の反乱であった。つまり、子飼いの軍隊と信用していた部隊に襲われた事件である。もっとも、その前にその保安隊を日本の飛行機が誤爆するという事件があったが、保安隊はあらかじめ襲うべき日本人居留民の家にマークをしていた。計画的であった。武器を与え、自分たちの指揮下にあると思っていた軍隊が反乱を起こしたということは、当時の支那駐屯軍にとっては恥であり、当初はこれを隠匿しようとまでしたし、上部もその責任をとろうとしなかった。通州事件は、要するに反日行動の現れであり、傀儡政権の脆弱さを物語るものであった。ところが、一般の居留民が200名以上も残虐に殺されたということもあって、この事件は後に大々的に報道され、反中宣伝に大いに利用された。それは、その後の泥沼化する日中戦争へ国民の戦意を掻き立てる道具になったのである。広中さんは、この事件を今日でも反中宣伝に利用しようとする動きに対し、その真実に迫るべく、多くの資料を駆使し本書を書き上げた。また、名古屋の古書店で偶然手にした、通州事件の写真に対しても、歴史家として冷静に見つめ、追悼の写真以外のクビを切られた虐殺写真をこの事件の証拠写真とすることはできないと述べている。 居留民の虐殺は痛ましいことである。本多勝一さんは、南京大虐殺と比べると取るに足りないと述べたという。それはそうだろう。南京のみでなく、日本軍の住民虐殺は、毎日のように起こっていたことだ。そういう意味では本事件を取るに足りないとした香月支那駐屯軍司令官の態度は戦時下においてはある意味当たり前のことであった。問題はむしろ一時は隠匿までしようとしたこの事件を、その後の侵略のための宣伝道具として利用したことである。事件の起こった顛末を知らず、残虐性のみをセンセーショナルに掻き立てるのはいつの時代にもあることだ。本書が多くの人に読まれることを期待したい。
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