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隷従への道 NIKKEI BP CLASSICS
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隷従への道 NIKKEI BP CLASSICS

F.A.ハイエク(著者), 村井章子(訳者)

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隷従への道 NIKKEI BP CLASSICS

定価 ¥3,080

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 日経BP社
発売年月日 2016/10/01
JAN 9784822251734

隷従への道

¥2,475

商品レビュー

4.5

7件のお客様レビュー

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2026/01/24

時代背景を考えれば、この理論を世の中に公表することは勇気がいったであろうし、実際に賛否両論であったようだ。 新自由主義の古典と言われるこちらだが、政府が必ずしも何もしないというわけではなく、セーフティネットは用意してあげなくちゃね。ただ、所得などで国家が補償することは、対象外の...

時代背景を考えれば、この理論を世の中に公表することは勇気がいったであろうし、実際に賛否両論であったようだ。 新自由主義の古典と言われるこちらだが、政府が必ずしも何もしないというわけではなく、セーフティネットは用意してあげなくちゃね。ただ、所得などで国家が補償することは、対象外の人達の不利益を意味する。 フリードマンもそうであったが、彼らは機会の平等を志向するのだなと。 ソヴィエト式の社会主義の実験が終わり、新自由主義が台頭して、それが行き過ぎたのでは?と言われる昨今においては、ハイエクの論調は現代の視点から見ても違和感はなく、むしろベーシックインカムの導入などで、調整しながらも基礎として活かせる部分が多いと感じる。

Posted by ブクログ

2025/05/26

「隷従への道」 https://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51301114.html

Posted by ブクログ

2024/01/05

ハイエクの理論的な主著と言えば、価格シグナルを介した知識の分散処理という独創的観点から市場経済の特質を論じた『個人主義と経済秩序』、自由を政治哲学的に基礎づけた『 自由の条件 』、法の支配と自生的秩序を軸に進化論的社会哲学を展開した『法・立法・自由』といったところだろうが、最も人...

ハイエクの理論的な主著と言えば、価格シグナルを介した知識の分散処理という独創的観点から市場経済の特質を論じた『個人主義と経済秩序』、自由を政治哲学的に基礎づけた『 自由の条件 』、法の支配と自生的秩序を軸に進化論的社会哲学を展開した『法・立法・自由』といったところだろうが、最も人口に膾炙しているのは、計画経済が必然的に独裁をもたらすと予言した本書だ。『隷従への道』(Road to serfdom)というセンセーショナルなタイトルもさることながら、保守派においてすら社会主義的政策にシンパシーを抱く知識人が多かったイギリスを中心に大きな論争を巻き起こした話題の書である。共産主義への危機感を時代的背景としたイデオロギー色の強い書物であることは否定できないが、後年に深められるハイエク理論のエッセンスがほぼ出揃っているという意味で、ハイエク入門に最適である。 計画経済はいつ何をどれだけ生産すべきかを中央政府が決める。生産手段は有限であるから、あるモノを生産するということは他のものを生産しないことを意味する。したがって社会の諸々の目的(=価値)を順位付けする必要があり、それを民主的プロセスで決定することは不可能だとハイエクは言う。そして部分的にであれ一旦計画経済を導入すれば、価格シグナルが適切に機能しないため、芋ずる式に凡ゆる分野で計画が不可避となり、必然的に全体主義(=独裁)を帰結するというのだ。「中庸」はあり得ないというのが本書の「理論的」な結論だ。 ただスターリニズムや毛沢東の出現をもって本書の予言が的中したと結論づけるのは早計だ。計画経済が必ず独裁を導くというのがハイエクの主張であるとするなら、理論的にはともかく経験的には誤りであったことは明らかだ。「混合経済体制」と言われたように、イギリスを筆頭に西側資本主義諸国は多かれ少なかれ社会主義的経済政策を取り入れてきたが、自由主義的な政治体制を堅持している。紆余曲折を経ながらも現実には各国とも「中庸」を追求してきた。ソ連や中国の独裁体制は計画経済であるからというより、歴史的経験の中で自由主義的な価値観が根付いていないことが主たる原因とみた方がいい。 ハイエクは精緻な論理で計画経済の矛盾を突くが、計画経済にせよ自由放任にせよ、それが極端に追求されれば何がしかの社会的不正義を招く点では同じだ。それにブレーキをかけるのは、それぞれの社会が歴史の中で育んできた正義感覚とでも言う他ないある種の自制心だ。ハイエクは理性の「思い上がり」に警鐘を鳴らすが、そのことはハイエク自身の理論に対しても言える。貨幣発行自由化論のように、ハイエクは時に過激な政策提案も行うが、一定の社会福祉政策を許容するなど、理論の機械的適用には慎重であるように見える。そこが極端なリバタリアンや一部の市場原理主義者とは異なる点だ。本書から学ぶことは多いが、そうしたバランス感覚を忘れるべきではないだろう。

Posted by ブクログ