隷従への道 の商品レビュー
ハイエクの理論的な主著と言えば、価格シグナルを介した知識の分散処理という独創的観点から市場経済の特質を論じた『個人主義と経済秩序』、自由を政治哲学的に基礎づけた『 自由の条件 』、法の支配と自生的秩序を軸に進化論的社会哲学を展開した『法・立法・自由』といったところだろうが、最も人...
ハイエクの理論的な主著と言えば、価格シグナルを介した知識の分散処理という独創的観点から市場経済の特質を論じた『個人主義と経済秩序』、自由を政治哲学的に基礎づけた『 自由の条件 』、法の支配と自生的秩序を軸に進化論的社会哲学を展開した『法・立法・自由』といったところだろうが、最も人口に膾炙しているのは、計画経済が必然的に独裁をもたらすと予言した本書だ。『隷従への道』(Road to serfdom)というセンセーショナルなタイトルもさることながら、保守派においてすら社会主義的政策にシンパシーを抱く知識人が多かったイギリスを中心に大きな論争を巻き起こした話題の書である。共産主義への危機感を時代的背景としたイデオロギー色の強い書物であることは否定できないが、後年に深められるハイエク理論のエッセンスがほぼ出揃っているという意味で、ハイエク入門に最適である。 計画経済はいつ何をどれだけ生産すべきかを中央政府が決める。生産手段は有限であるから、あるモノを生産するということは他のものを生産しないことを意味する。したがって社会の諸々の目的(=価値)を順位付けする必要があり、それを民主的プロセスで決定することは不可能だとハイエクは言う。そして部分的にであれ一旦計画経済を導入すれば、価格シグナルが適切に機能しないため、芋ずる式に凡ゆる分野で計画が不可避となり、必然的に全体主義(=独裁)を帰結するというのだ。「中庸」はあり得ないというのが本書の「理論的」な結論だ。 ただスターリニズムや毛沢東の出現をもって本書の予言が的中したと結論づけるのは早計だ。計画経済が必ず独裁を導くというのがハイエクの主張であるとするなら、理論的にはともかく経験的には誤りであったことは明らかだ。「混合経済体制」と言われたように、イギリスを筆頭に西側資本主義諸国は多かれ少なかれ社会主義的経済政策を取り入れてきたが、自由主義的な政治体制を堅持している。紆余曲折を経ながらも現実には各国とも「中庸」を追求してきた。ソ連や中国の独裁体制は計画経済であるからというより、歴史的経験の中で自由主義的な価値観が根付いていないことが主たる原因とみた方がいい。 ハイエクは精緻な論理で計画経済の矛盾を突くが、計画経済にせよ自由放任にせよ、それが極端に追求されれば何がしかの社会的不正義を招く点では同じだ。それにブレーキをかけるのは、それぞれの社会が歴史の中で育んできた正義感覚とでも言う他ないある種の自制心だ。ハイエクは理性の「思い上がり」に警鐘を鳴らすが、そのことはハイエク自身の理論に対しても言える。貨幣発行自由化論のように、ハイエクは時に過激な政策提案も行うが、一定の社会福祉政策を許容するなど、理論の機械的適用には慎重であるように見える。そこが極端なリバタリアンや一部の市場原理主義者とは異なる点だ。本書から学ぶことは多いが、そうしたバランス感覚を忘れるべきではないだろう。
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ケインズとの論争で有名なハイエクの代表作です。第二次世界大戦が終わる直前に書かれていて、当時LSEの教授をしていたハイエクは、英国がドイツのように集産主義、国家社会主義に傾倒していることに警鐘を鳴らしています。コールドウェルの序文によれば本書は当時かなりの賛否両論を浴びたようです...
ケインズとの論争で有名なハイエクの代表作です。第二次世界大戦が終わる直前に書かれていて、当時LSEの教授をしていたハイエクは、英国がドイツのように集産主義、国家社会主義に傾倒していることに警鐘を鳴らしています。コールドウェルの序文によれば本書は当時かなりの賛否両論を浴びたようですが、21世紀に生きる我々からすると、ハイエクの論に批判を加える人間とは良識ある人間なのか?と疑わざるを得ません(裏返せば現代はいかにハイエク的な価値観が西側先進国に浸透しているのかということです)。 本書が批判の対象としているのはドイツを中心に起こっている国家社会主義で、従来自由主義思想の牙城であった英国にもそれが浸透していることに懸念が表されています。しかし本書で書かれていることは2018年の国際情勢にも適用可能です。例えばトランプ政権の米国や、ブレグジットの英国、そして共産党一党支配の中国の状況を念頭に置くと、いかに書かれていることが正しいかがわかります。第9章の「保障と自由」は現在のベーシックインカムを考える際に大きなヒントを与えてくれます。第10章「最悪の人間が指導者になるのはなぜか」は現在の米国を思い浮かばせます。また一党独裁が人々の経済生活をいかに拘束していくかについても生々しく描かれていて、これは現在の中国を予言しているかのようです。 自由を目指すことは人間の進歩の大前提ですが、そこには責任が伴います。隷従への道とは、責任と自由を放棄するかわりに国家の恣意的な権力運営に身を任せてしまうことですが、個々人が安易に責任を放棄してはいけない、というメッセージは、21世紀の現代社会にも重要なメッセージだと思いました。
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社会主義はファシズムにつながるという話。 【要約】 社会主義の特徴である計画経済を導入しようとすると、その計画は、誰かの手、すなわち政府によって作られることになるのだが、あらゆる個、集団の様々な要求に対して、平等の基準を設けることは構造上不可能なので、最終的には政府の独断によって経済が運営されることになる。言い換えると、政府の意向によって、「この人はこのくらい儲けてよい」だとか、「この人は何を所有してよい」「この人は何をすべき」といった個人のライフスタイルが定められることとなる。また、こうした計画経済を効率よく運営するには、情報統制や知識人の排除などによって、国民の知的水準を下げることが求められる。一般的に、知的な人が増えるほど、意見や好みが多様化するため、ある一定の価値観を支持させることが難しくなるからだ。また、ある共通の敵を作り出し、そこに対して国民の憎悪の念を向けさせることも、結束力の強い均質な支持母体を形成する上で効果的である。このように、計画社会を実現させようとすると、必然的に政府の権力が肥大化し、強制的に国民を同質化させることとなる。ファシズムの完成。まさにこれが、ヒトラーが政権を握ったドイツが、過去二、三十年間で歩んできた道である。 社会主義の思想家は、社会主義時代の到来によって、人々は貧困から脱却し、新しい経済的「自由」を手に入れられる、と主張する。1944年当時イギリスでは、根本的に原理が異なっていたはずの自由主義の思想家たちが、この「自由」というキーワードに翻弄され、社会主義に迎合し始めていた。ただ、社会主義が目指している「自由への道」とは、ドイツがたどってきた道を見れば、それが「隷従への道」であることは明らかである。
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経済学の本というよりも思想の本であった。 当時(1940年代)のイギリスへの警笛として書かれた本であるが、恐ろしいまでに現在でも通じる内容となっている。もちろん1940年代に書かれた内容なので事例が古いなどいったことはあるが、全く気にならない 内容としては社会主義、さらに大きく全体主義に対しての警告だが、それに反する思想として個人主義、自由主義とは何かについても書かれている。フリードマンなどは、その内容をさらに具体的に(極端)にしてしまっているが、ハイエクは考え方についてのみ書いており、そこまで極端な思想になっているようには感じず、「なるほど!」と納得できる 現在にあてはめると色々と考えさせられることが非常に多く、示唆に富んだ、まさに名著だろう
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非常に示唆に富んだ内容で今に通じる課題が多岐に渉って提議されており熟考を促すものだった。自由の本質的な価値とそれを志向する事の大切さについてそれを否とする点と比較しながらそれでも比較優位を主張する著者の考え方には大いに賛同する。14章で欧州で全体主義の台頭を許したのは中産階級とい...
非常に示唆に富んだ内容で今に通じる課題が多岐に渉って提議されており熟考を促すものだった。自由の本質的な価値とそれを志向する事の大切さについてそれを否とする点と比較しながらそれでも比較優位を主張する著者の考え方には大いに賛同する。14章で欧州で全体主義の台頭を許したのは中産階級という巨大な階級が財産を奪われたからだということを忘れてはならないという指摘があるがまさに富の偏在が中産階級を薄くさせ分断化を促進させている今と相似形であることに歴史に学ぶ必要性を感じた。
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