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ブラジャーで勲章をもらった男 QUADRILLE NISHIDA
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ブラジャーで勲章をもらった男 QUADRILLE NISHIDA

西田清美(著者)

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ブラジャーで勲章をもらった男 QUADRILLE NISHIDA

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 集英社
発売年月日 2016/10/01
JAN 9784087860696

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2018/08/05

8/1〜 はじめに 帰ったらすぐ脱ぎたい!ブラジャーではなく、外すのを忘れてた!ってくらいのブラジャーの選び方 当時のワコウショウジ今のワコールに7人目の男性で入社。 すぐに会社所在地京都に住まないかと提案される。 プロローグ 1951年に西田清美は後にワコールになる和光商事...

8/1〜 はじめに 帰ったらすぐ脱ぎたい!ブラジャーではなく、外すのを忘れてた!ってくらいのブラジャーの選び方 当時のワコウショウジ今のワコールに7人目の男性で入社。 すぐに会社所在地京都に住まないかと提案される。 プロローグ 1951年に西田清美は後にワコールになる和光商事に入社。かつてはネックレス、アクセサリーを扱っていた。 戦後の京都は着物ではなく、アメリカ文化ワンピースとかが流行!なんでも注文を受けていた(そうしないともたない時代)だったので、京都のみのレア品だった☆洋装に欠かせない乳バンドが欲しいとリクエスト殺到! これは儲かる!と自社で作ることを決意! ある日、アメリカの冊子を持ってきた社長はブラジャーを見せて乳バンドじゃなくてこれはブラジャーって言うんだと知る。ブラジャー101号誕生。 西田は1932年名古屋生まれ。 母も父も人がよく、世話好きだ。5歳の時に日中戦争 食糧不足でいらずらをしてとっていた。名古屋にも攻撃がきて危ないので親戚の滋賀県へ一人で疎開。名古屋では攻撃されながら母は人助けをしていた。 滋賀の学校では勉強をしなくて多々母も謝っていて。 それを見た西田は申し訳なくなり、負けず嫌いの性格が勝ち、英語を猛勉強!大会に出ていい成績を得たため、こうしょうへ推薦された。しかし、自分には合わないと内定を蹴る。 推薦した大木の妻がたまたまワコウショウジの社長の妹だった。 その妻が兄にこんな面白い人がいると紹介すると兄(ワコール社長)は会いたいと言う。西田を生徒として教えたことのある中村は転職してワコールに入る。彼に西田を連れ出しに行く。説得して漸くワコール社長塚田に会いに行く西田。 会社は小さいが、社長のおしゃれさと勤勉さに魅了され入社したいと申し出る。高校三年から社員になったのだ。 学校では親友の服部は内定を喜んでくれた。 ワコウショウジは八幡商業絡みの社員が多い。 当時、東京で半沢商店のコルセットが流行っていたため、営業はそれを買い付け京都で売った。 西田は営業に出る塚本が、持ってきた荷物を受け取る仕事。 西田は営業トークがうまかった。ブラジャー、コルセットを売る会社は他にもあったが、ワコウショウジは対面販売で成功していた。 はじめての出張は北陸だったが、失敗に終わる。東京でも出張所ができて転勤する。お金がなく、会社に住み、食事は一日一食。それを社長は見かねて当時給与4千円なのに3千円くれた。はじめての取引先は海渡商店。 西田は三愛を狙っていて、何度も足を運びマネキンにブラジャーを吊るして売るスタイルを提案して取引成立! アメリカからラバブル社が提携先を探してると聞き、提携成立。裏に大手メーカーが、あるのを知らずに。塚本は大手メーカーにもセールスし提携成立。しかし、アメリカのグラマラスサイズブラジャーは日本人に合わず、失敗に終わる。 社員が2人体調不良で退社したため、西田は一人で業務に追われていた。この頃パニエも売れ行きをあげる。ここでスケット深沢が入社して助かる。この頃、スカートベルトも流行。売れてたので、松坂屋に売り込むためにサンプルを渡すと知らぬうちに別の会社に渡っていたのだ。 伊勢丹や高島屋とも取引が成立。ただ一つ三越だけは厳しく成立できなかった。 東京にも慣れて売り上げ上場。東大の人しか受けいれないという下宿場、お寺に住み込み。西田は東京で会社員が繊維のコアな話に入れず苦しむ。京都に戻り製品のことを改めて学びたいと東京を三年で去る。後に妻、そしてデザイナー堀江と出会う。大阪から京都、名古屋と転勤を繰り返し、名古屋では喧嘩っ早い性格がまた出てしまう。 その後、姉の子が会社を設立するためワコールを退社して転職するもすぐ退職。お金がなく自殺まで考えてると、知り合いが新しく設立した会社に西田を招いた。知識のない会社に精を出したがプライドが許さずにやめ、カドリール西田を37歳で設立。社員として優秀な高橋を入れる。 その後も女性社員を残業させるほど世界との取引など、多忙を繰り返し自社ブランドを数多く手がける。2016年で73歳。塚本との出会いが彼の原点。

Posted by ブクログ

2017/01/19

タイトルにつられて買ってしまったが、中味はブラジャーの開発史が中心ではない。開発史はある意味ごくわずかで、ブラジャーの図も最後の数頁を除けばほとんどない。それより本書は、日本でワコール、トリアンプにつぐメーカー、カドリールニシダを立ち上げた西田清美さんが高校を卒業してからいかにし...

タイトルにつられて買ってしまったが、中味はブラジャーの開発史が中心ではない。開発史はある意味ごくわずかで、ブラジャーの図も最後の数頁を除けばほとんどない。それより本書は、日本でワコール、トリアンプにつぐメーカー、カドリールニシダを立ち上げた西田清美さんが高校を卒業してからいかにして日本で三番目のブラジャーメーカーとなったかの汗と涙の物語である(もっともライターがいて、西田さんから引き出していったのだが)。本書は、いかにして新しいものを生み出していくか、いかにして市場を開拓していくかのヒントが満載である。しかし、ぼくが不思議に思うのはブラジャーというものを男たちがどうやって開発していったかである。つけたことのない者たちが、それをどう改良していったかである。もちろん、そこには使用者モデルがいたであろうが、それは背景に隠れあまり見えてこない。西田さんは青島にも工場をつくるが、そこで出会うカルチャーショックは中国のことをやっている者にも役に立つ。また、上海の社員を北京の店へ連れて行ったときの、北京の人々の抵抗もやっぱりという感じだ。西田さんの営業哲学は拒否されたところから始まる。ねばりである。同時に、人間に対する信頼、技術者に対する尊崇の念が強い。人間に対する信頼はときに大きな損につながることがあるが、西田さんは平気だ。技術者に対しては、すぐに成果がでなくてもじっくり待つ。上に立つ人間はこうした資質をそなえているべきであろう。

Posted by ブクログ