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ドゥルーズ・コレクション(Ⅰ) 哲学 河出文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 河出書房新社 |
| 発売年月日 | 2015/05/09 |
| JAN | 9784309464091 |
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ドゥルーズ・コレクション(Ⅰ)
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商品レビュー
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4件のお客様レビュー
ニーチェ大好きドゥルーズおじさん。 サルトルへの私的な思い出も語られており彼の思想的源泉を覗ける良著。
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ドゥルーズの「ドラマ化の方法」を途中まで読んだから、自分なりにまとめてみた ドゥルーズは、「何が」真理であるかを問う在り方をプラトン哲学に求めて、実はこのような問いは、矛盾への問いなのではないかと問題を提起する。 なぜなら、本質的な真理を問うことは、論理的なアポリアを導く、ディ...
ドゥルーズの「ドラマ化の方法」を途中まで読んだから、自分なりにまとめてみた ドゥルーズは、「何が」真理であるかを問う在り方をプラトン哲学に求めて、実はこのような問いは、矛盾への問いなのではないかと問題を提起する。 なぜなら、本質的な真理を問うことは、論理的なアポリアを導く、ディアレクティケーを活性化させることであり、それは非本質的なものを本質的な真理の側から含むからである。 そしてこの哲学の極地がヘーゲルであると、ドゥルーズは考える。 一方で、「いつ、誰が、どこで、何をもって」真理であるかという問いの在り方の哲学者の代表例として、彼はライプニッツをあげる。 プラトン哲学の伝統では、後者はソフィストの問いであり、前者の問いが重要視されてきた。が、ソフィストの問いが問題とされたのは、その問いの形式そのものではなくて、その問いの中では、真理がどのような条件で成立するかを確定させなかったからであると指摘する。 実は、このような「いつ、誰が、どこで、何をもって」真理が成立するか、という問いは多くの示唆を含んでいる。なぜなら、「何が」真理であるかを問うことは、非常に単純な本質を導くため、これを他に適用して思考すると、そこには偶然性や偶発的な形式の概念を呼び込む。ライプニッツによれば、むしろ偶然性や偶発的な形式の概念の成立可能性でしか、真理は存在しない(このような偶然性から生まれた概念と、同様に偶然性から生まれた別の概念とが矛盾を導く事態のことを、単純な本質を他に適用した時に起こる矛盾と対比させた上で、副次的矛盾だとドゥルーズは定義する。)が、このように、真理の在り方をどのように条件付けるかが、真理の意味を決定するとドゥルーズは看破する。つまり、意味のあり方とそれを決定する意味作用とは、真理が成立する条件の策定、問いの形式(「「何が」真理であるか」なのか「「いつ、誰が、どこに、何をもって」真理であるか」なのか)が成立する前提の連関の中にこそある。そして、それによって真理が成立する。ドゥルーズはこのような真理が成立する作用を、力動と定義する。そして、この力動は、具体的に差異化=微分化というふうに働き、それは時空に作用する。また、それとは連動して、異化という働きもあり、これは後の個体化や場の理論に関係があるようだ。(分数式のメタファーがよく理解出来なくて、概念同士の関係がつかめなかったので、後で補足されてくれればうれしい) 私は、これを途中から可能世界論の議論だとして読んだが、必然性や可能世界論の立場や、ライプニッツのモナドを巡る議論を考える上でも、いい整理と問題提起だと考えた。特に、論理学的な概念の分割の議論は含蓄のあるものだと感じた。 ドゥルーズによれば、「本当はあったのに」現実化しなかったという潜在的な可能性こそが、論理学的概念の生成を支える力動である。つまり、論理学的概念は単に定義によって与えられるのではなくて、差異や分割のプロセスによって与えられ、概念の真理とは、そのような概念の成立可能性の中での分割や分岐によって成立するということである。 これは、まさに「Why is there something rather than nothing?」の議論そのものだと言える。
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本書はドゥルーズの小テクストを編んだアンソロジーで、多方面にわたる様々な発言が収められており、なかなか楽しい。難解なところもあるが、それはそれとして、刺激的な「ドゥルーズ的な知の角度」を味わえて面白い。 特にベルクソン、ルソー、ヒュームに関する文章が興味深く、これらを読んで彼らの...
本書はドゥルーズの小テクストを編んだアンソロジーで、多方面にわたる様々な発言が収められており、なかなか楽しい。難解なところもあるが、それはそれとして、刺激的な「ドゥルーズ的な知の角度」を味わえて面白い。 特にベルクソン、ルソー、ヒュームに関する文章が興味深く、これらを読んで彼らの古典的著作を再読したくなった。 また、最後の方に収められているニーチェについての文章は、そのままドゥルーズを読み解く鍵にもなっているように感じた。このニーチェ理解が、ドゥルーズ思想の出発点になっているように思えたのだ。 つまみ食い的に楽しめるアンソロジーだが、やはりドゥルーズ哲学を追うなら、もっと長い「主要著作」を読むべきなのだろう。まだ読んでないのが幾つかあるので。 ドゥルーズを本格的に研究するような気は全くないが、この楽しい「ポップ哲学」を読むことは、やはり知的な喜びをもたらしてくれるだろう。
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