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なぜふつうに食べられないのか 拒食と過食の文化人類学
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 春秋社 |
| 発売年月日 | 2015/01/22 |
| JAN | 9784393333365 |

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なぜふつうに食べられないのか
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商品レビュー
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13件のお客様レビュー
家族モデルはわかりやすかったけれども、そこが本質でなく、専門家のストーリーに自分を寄せるというのは何となくしっくりきた。一部ではあると思う。だけど、もっと本質的なところは違う、という。 人はかかわりの中で生きる、そこに食がかかわってきて、かかわりが揺らぐことが、食について変な形で...
家族モデルはわかりやすかったけれども、そこが本質でなく、専門家のストーリーに自分を寄せるというのは何となくしっくりきた。一部ではあると思う。だけど、もっと本質的なところは違う、という。 人はかかわりの中で生きる、そこに食がかかわってきて、かかわりが揺らぐことが、食について変な形で現れる、ということなのか。最後の考察が、あんまりすっきりしなかった。
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拒食症と過食症の原因が家族にあるという考え方に、私は納得していない。 私の中のきっかけ、私自身が生きてきて作り上げてきた性格が発症に繋がると感じた。 確かにと思う場面があった。 患者は、伝えたいことを痩せることで叶えようとしている、というところ。 もしかしたらもともとはそうなのか...
拒食症と過食症の原因が家族にあるという考え方に、私は納得していない。 私の中のきっかけ、私自身が生きてきて作り上げてきた性格が発症に繋がると感じた。 確かにと思う場面があった。 患者は、伝えたいことを痩せることで叶えようとしている、というところ。 もしかしたらもともとはそうなのかもしれない。 でも、もう痩せ、数字を低くすることが目的になってしまって、メッセージ性はない。 目的が変わっている、という記述にハッとした。 実際に対談を繰り返しながら執筆されているので、現実感がある。 自分や周りの人に、摂食障害の症状がある人、ぜひ少しでいいから読んでみてほしい。
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こんなにも健康、体型を自己管理することが求められ、情報があふれるなかで そもそも、ふつうに食べるって何なんだろう、と思った。 食べることは、単純に生命維持のためではなくなっている。 この本の中で、人はかかわりを作り、かかわりの中で生きるために食べる、とあった。 食べることの本質...
こんなにも健康、体型を自己管理することが求められ、情報があふれるなかで そもそも、ふつうに食べるって何なんだろう、と思った。 食べることは、単純に生命維持のためではなくなっている。 この本の中で、人はかかわりを作り、かかわりの中で生きるために食べる、とあった。 食べることの本質は人と人との具体的なつながりの中に存在する、と。 そうだよな、と思う反面、そうなのか?とも感じる。 もう少しもやもやと考えてみたいと思ったり。 以下メモ ・大事なのは外見でなく中身という、お決まりのフレーズがあるが、もしそれが本当であれば、就活生はなぜ就職活動に際してあそこまで外見を変えるのであろう。選択される者として、選択する側の期待を内面化し、それを外見で表現しているのである。彼女たちは、就活生が面接に当たって外見を一新するのと同じように、他者受容をもとめてやせようとしたのである。 ・やせた身体が美しいとされる理由は、誰でも太ることのできる時代が到来したことだけでは、とらえることができない。健康はたゆまぬ自己管理のもとに達成されるという病気の自己責任論、自分らしくあることを讃える世界、差異化の欲望を原動力とする消費社会の交錯点に、やせた身体は現れる。いまよりもより良い人生を歩むために痩せようとするのである。 ・過去に戻って拒食症の原因となった犯人探しをするのではなく、「やせ」を継続することで、患者は社会生活を送るうえで抱えた悩みや成長の過程で抱えた内的葛藤から逃避することが可能になっていること、すなわち患者は「やせ」に守ってもらっていること。(内科医:鈴木 眞理) ・食べ物と身体を物質として捉えるまなざしは、その代償として体験の周縁化を招く。食べたいから食べるではなく、許す・許さない、あるいは吸収させる・させないの視点で食べ物を捉える。カロリーや体重といった概念は、食べ物や身体を客体化する装置であるゆえ、それらを食の準拠点とすると、おいしいからもっと食べよう・満腹だからやめておこうといった主観的な体験に基づく食のコントロールは放棄せざるを得ない。 ・家族モデル(摂食障害の発祥と親子関係を結びつけるモデル)の受容は日本独自の社会・文化的背景のなかで起こった可能性がある(他国ではあまり見られない)。 日本で80年代、90年代に広く受け入れられた家族モデルは戦後日本のジェンダー観の影響をうけた時代の申し子なのである。(妻であるのに家の外で働く「母性」に反する女性への批判、子どもの問題を母に落とし込む傾向) ・わたしたちが普通に食べられるのは、自らの住まう社会が規定する食の背景を長い時間の学習と実践の中でハビトゥス(背景が身体化した状態)したから。 同じものを食べ続けることは、すなわち同じハビトゥスを共有することであり、その共有の過程で他者との紐帯が作られ維持されていくのである。 このように考えると、ふつうに食べられなくなることは、食を土台に他者とのふつうのつながりを生み出し維持する力の喪失、個人の社会的な孤立である。 ・摂食障害に関わる人々は、一方で特別視しないことを要求し、一方で特別視することを要求する。
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