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味 天皇の料理番が語る昭和 中公文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 中央公論新社 |
| 発売年月日 | 2015/01/23 |
| JAN | 9784122060661 |
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味
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商品レビュー
4.4
6件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
歴代坊主の墓石を倒すイタズラ小僧が天皇の料理番になるその変遷が面白かった。一途に手を抜かない人だったのだなぁ。 当時のシベリア鉄道は私が考える以上にちゃんと荷物を運んでくれていたんだと驚く。 新宿御苑でイチゴなどの品種改良をしていた話も興味深い。 一流の料理店は鍋や調理器具に、料理の匂いを残さないためにピカピカに磨くと初めて知った。だとすれば現在の、洗剤や柔軟剤、香水などの香料にまみれた社会では、嗅覚が壊れてしまいそうだし、味わう側もわかっていないのではないかと危ぶんでしまう。
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天皇の料理番として、長年にわたり従事した著者が、一職人としての心構えはもちろんのこと、一般には公開されない天皇家の料理事情や歴史など、普段知ることができない知識を学べる貴重な一冊である。 料理とは、ある種の芸術であり、仕事である以上、真剣に向き合い、力と精神を怠ってはならない...
天皇の料理番として、長年にわたり従事した著者が、一職人としての心構えはもちろんのこと、一般には公開されない天皇家の料理事情や歴史など、普段知ることができない知識を学べる貴重な一冊である。 料理とは、ある種の芸術であり、仕事である以上、真剣に向き合い、力と精神を怠ってはならないと、著者の仕事観を本書からうかがえる。料理人として、実際に食物に触れるため、感覚を鈍らせないことで、とくに鼻と歯は重要な器官だという。先ほど述べたように、仕事に携わるというのは、常に力を抜かずに、常に真面目に取り組むべきものだと、著者は強調する。 また、実際に料理番として、常に天皇家と関わりを持っていたので、普段の生活は当然のこと、終戦前後の状況下についても、詳細に伝える。興味深いことに、昭和天皇は、白米と丸麦を混ぜたご飯を好んでおり、それはどの料理のときでも変わらなかった。戦時中における食糧難に伴い、昭和天皇の食事も少なくなる。ところが、日本軍の上層部は、食糧の豊富さ、ビール、ウイスキー等の酒類など、末端の兵隊と比べて、贅沢三昧の日々であったことがわかる。闇市に関しても、昭和天皇は絶対に手を出さない方針で、独自のルートで、食糧を確保した。
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ドラマ化もされた「天皇の料理番」ご本人の筆になる自叙伝である。 子供の頃から料理人に憧れていたのはない。学校の友達がお寺の 子坊主になったを見て「自分も子坊主になりたいっ」と言って 山寺に入ったのはいいが、いたずらが過ぎて家に帰される。 今度は米相場に興味を持ち、家出...
ドラマ化もされた「天皇の料理番」ご本人の筆になる自叙伝である。 子供の頃から料理人に憧れていたのはない。学校の友達がお寺の 子坊主になったを見て「自分も子坊主になりたいっ」と言って 山寺に入ったのはいいが、いたずらが過ぎて家に帰される。 今度は米相場に興味を持ち、家出をして大阪に。これも失敗。 1カ月ほどで父親に連れ戻される。 そうして、やっと実家の稼業に興味を持つ。仕出し屋である。 「手伝いなんてしおらしいことはしなかった」とはご本人の 弁。それでも魚をぶったぎったりのいたずらが楽しくて、 どんなに叱られても止めなかった。 この実家の稼業は軍隊と関りがあり、軍隊の料理担当の兵士が 聞かせてくれた西洋料理の話が著者を「天皇の料理番」へと導いて くれることになる。 三度目の正直である。著者は西洋料理の料理人になることに憧れ、 16歳にして東京へ料理修行に出る。今と違って、言葉で教えるの ではく出来なければゲンコツが飛んでくる修業時代。本来の短気 をぐっとこらえてやり過ごしたのだろうな。 ひと通りのことが出来るようになると「西洋料理をもっと勉強し たい」との気持ちが強くなり、単身、シベリア鉄道経由でフランス を目指す。それが明治42年である。 初代厨司長大正天皇の即位の礼を控え、本格的なフランス料理を提供 できる料理人を探していた宮内省からお呼びがかかったのが著者26歳 の時である。 若くして宮内省大膳課の初代厨司長に就任し、大正・昭和の2代の 天皇に仕え、日常の食事から大切な儀式の料理を担当した。 昭和天皇の職に関するエピソードもいくつか記されている。今でも 皇族方は食べ物の好き嫌いを公になさらないが、昭和天皇は自分の 食事を管理する大膳にも決して食の好みを一切おっしゃらかった そうだ。 ただ、ざる蕎麦がお好みらしくおかわりをなさることもあったとか。 ページ数は多くないが、随所に著者の料理に対するこだわりが垣間 見られる。それが時として、目上の人を乱暴な言葉で怒鳴りつける ことになったりしている。 ただ、それさえも注意のみで済んでいるのだからおおらかな時代 だったのかもしれない。 尚、「序」としてあの吉川英治が著者の人となりに触れた名文を 寄せている。
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