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繁栄の昭和
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 文藝春秋 |
| 発売年月日 | 2014/09/01 |
| JAN | 9784163901268 |
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繁栄の昭和
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商品レビュー
3.9
14件のお客様レビュー
久々の筒井康隆。失礼ながら老境に入られて、ますます自由闊達、意気軒昂、伸びやかに筆を走らせた快作。 熱中したのは高校生の頃だからもう40年近くになるか。熱中というより、熱狂したという方が正確か。ついでに言えば、当時、星新一、小松左京、御三家をほんとに読み倒した。この間実家に帰っ...
久々の筒井康隆。失礼ながら老境に入られて、ますます自由闊達、意気軒昂、伸びやかに筆を走らせた快作。 熱中したのは高校生の頃だからもう40年近くになるか。熱中というより、熱狂したという方が正確か。ついでに言えば、当時、星新一、小松左京、御三家をほんとに読み倒した。この間実家に帰ったとき、小松左京の作品が文庫本でこれでもかというほどあるのに、我ながら驚いたくらいだ。話が脇道に逸れすぎた。 筒井康隆は「最後の伝令」辺りから、より実験的な小説傾向が進んで、ついに読まなくなった。以降の作品はたまに手に取ることはあっても完読はしていない。本書はひさしぶりに何気なく手にとって、一応最後まで読み通すことが出来た。最後の一編は小説作品と呼べるかどうかと思うが。 「科学探偵帆村」、「リア王」、の二編は往年の作品を思わせるスラップスティック。にやりとさせられる。全体的に、やはり既存の小説という枠やルールを逸脱し、それを楽しんでいるかのような作品ばかりだ。「役割演技」はその最たるもの。半分呆れながらも、いかにも筒井康隆らしさにこれもクスリとさせられて読み終えた。 作者の余裕が感じられ、オールドファンには満足感たっぷりの一冊。
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“現代じゃもう、小さな世界ですよ―” 屋敷に影のような人間たちがうごめき、女装した美少年が魔都・東京をさまよい、リア王役者は「君の瞳に恋してる」を歌い踊る。80歳を過ぎてもなお衰えることを知らない巨匠、筒井康隆。実に8年ぶりとなる本領発揮の最新短篇集。 ・繁栄の昭和 ...
“現代じゃもう、小さな世界ですよ―” 屋敷に影のような人間たちがうごめき、女装した美少年が魔都・東京をさまよい、リア王役者は「君の瞳に恋してる」を歌い踊る。80歳を過ぎてもなお衰えることを知らない巨匠、筒井康隆。実に8年ぶりとなる本領発揮の最新短篇集。 ・繁栄の昭和 一つのビルに集約されている法律事務所、探偵社、芸能事務所。ある日その建物の入り口で殺人事件が。正統派推理探偵もの―と思わせて読み進めるうち文章に現れていく違和感。どこへ向かうか予想できない新種の実験的小説。 ・一族散らし語り 山奥の屋敷に住まうとある家族。怪談めいたこぼれ話が続き、突如ナンセンスな終結へと向かっていく。まるで童謡のような得も言われぬ残酷さとイノセンスが感じられるお話。“ふだんはお下げの細い髪、下駄の鼻緒に血が滲む“。 ・役割演技 一族~とは正反対に、成長した人間社会の恐怖を仄めかした作品。置かれた現状が当然という、無感情な会話文が余計に怖さをそそる。将来的に現実になりそうな雰囲気も兼ね備えた近未来SF。 その他「科学探偵帆村」「つばくろ会からまいりました」など多種多様な11編。実在の人物へのオマージュだったり本人が主役になったりと、やりたい放題のように見えて実は練りに練られた味のある作品ばかり。『創作の極意と掟』の実践編とも言うべき、企みに満ちた本好きのための本。 そんなお話。
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平成もすでに四半世紀を過ぎて昭和は確かにノスタルジーの中に存在するだけになったのかも知れないなどと思わせるタイトルは『繁栄の昭和』。筒井康隆の『壊れかた指南』以来8年ぶりの短編集である。8年ぶりとはいえ各短編の発表は2011年秋から2013年秋とまとまっているので『繁栄の昭和』...
平成もすでに四半世紀を過ぎて昭和は確かにノスタルジーの中に存在するだけになったのかも知れないなどと思わせるタイトルは『繁栄の昭和』。筒井康隆の『壊れかた指南』以来8年ぶりの短編集である。8年ぶりとはいえ各短編の発表は2011年秋から2013年秋とまとまっているので『繁栄の昭和』というタイトルを意識した連作かと思うがそうであるようなないような。 冒頭の短編は表題作「繁栄の昭和」で「もしやこれは繁栄していた昭和の一時期をいつまでも保ち続けようとする、何らかの意志のしわざではないだろうか」と「私」が独りごちるような小説であり江戸川乱歩へのオマージュでもある。思えば筒井康隆は江戸川乱歩に評価されて作家活動に入ったのだ。 しかして昭和の繁栄とはいつのことか。大正デモクラシーに続く時代か第二次世界大戦前の明暗あい乱れる時代か。あるいは戦後の復興はたまた高度成長期か。 乱歩讃はもう1編「大盗庶幾」。難しい言葉だが「庶幾」は「こいねがうこと」「極めて似ていること」。幼少期に江戸川乱歩を乱読した者にとっては楽しい作品であった。かたや「科学探偵帆村」は海野十三讃。評者は十三はほとんど読んだことがないのだがそもそも帆村荘六を主人公とするSFミステリは相当に無茶苦茶な謎を解くものらしく本作もそういう話である。 あとは人情話的なものあり「繁栄の平成」を偽装するディストピア小説ありと必ずしも一定の傾向の作品をまとめたわけではない。ところが表紙の女性は高清子という女優さん。本書の最後には「附・高清子とその時代」というエッセイが付いている。高清子とはエノケンの映画などに出ていた人で有名な人ではなく情報も少ないのを作者が入れ込んで調べ上げたものである。彼女の登場する映画の内容を延々と紹介していたりするのだがそこからある時代の雰囲気が立ち上ってきて「もしやこれは繁栄していた昭和の一時期をいつまでも保ち続けようとする、何らかの意志のしわざではないだろうか」。
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