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なぜ競馬学校には「茶道教室」があるのか 勝利は綺麗なお辞儀から
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 小学館 |
| 発売年月日 | 2013/12/18 |
| JAN | 9784093798570 |
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なぜ競馬学校には「茶道教室」があるのか
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なぜ競馬学校には「茶道教室」があるのか
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商品レビュー
2.7
3件のお客様レビュー
元々は騎手候補生にお菓子を食べさせてあげるために導入されたという茶道教室。厩務員課程の話は全く出てこないので、あくまで競馬学校の騎手課程にのみ茶道教室がある様子。 茶道の効果を語りまくる内容だったら「ならなぜ茶道のない海外の騎手に負けまくるのか」と本を破り捨てる予定だったが(図書...
元々は騎手候補生にお菓子を食べさせてあげるために導入されたという茶道教室。厩務員課程の話は全く出てこないので、あくまで競馬学校の騎手課程にのみ茶道教室がある様子。 茶道の効果を語りまくる内容だったら「ならなぜ茶道のない海外の騎手に負けまくるのか」と本を破り捨てる予定だったが(図書館本なのでそんなことできない)、全体的に筆者も効果に疑問を抱きつつもベストを尽くすというスタンス。基本的に候補生たちのいい面を見る優しいお母さんの目線で書かれています。 玉ノ井や岡の話は書いている筆者も辛かったと思う。こうして彼らのことが残るのは大事なことです。
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馬というのは美しい生きものだよなぁ、と思う。人を乗せ、尾を真横になびかせて駆ける姿を思い浮かべただけで高揚感がある。 少し前に北海道に行く機会があったとき、乗馬体験をしてみた。 乗ってみると意外に高さがあることに驚いた。鞍も乗せているし、安定感がないわけではないのだが、その高さで...
馬というのは美しい生きものだよなぁ、と思う。人を乗せ、尾を真横になびかせて駆ける姿を思い浮かべただけで高揚感がある。 少し前に北海道に行く機会があったとき、乗馬体験をしてみた。 乗ってみると意外に高さがあることに驚いた。鞍も乗せているし、安定感がないわけではないのだが、その高さで馬が歩くとちょっとスリルがある。早足程度になると緊張感が増す。1時間程度の体験を終えて馬から降りたら、普段使わない体のあちこちに強ばりがあった。 なるほど、馬を疾走させるには、乗り手側も相当の鍛錬が必要だろうなと感じた。 本書は、騎手の卵たちが通う競馬学校にある「茶道教室」の話である。 JRA競馬学校は1982年に設立された。その設立当初から行われているのが、茶道の授業である。クラブ活動ではない。正科の授業である。乗馬の実技はもちろん、身体トレーニングに関する理論、馬学、スポーツ栄養学などの座学に加えて、お茶の授業があるのだ。 著者はそれまでも自宅やカルチャースクールで茶道を教えていた裏千家茶道教授だった。ふとしたきっかけで設立予定の競馬学校の茶道教室で教えてくれないかと打診され、引き受けることにした。以来、三十余年。途中で、ほかでの稽古はやめ、競馬学校での指導を続けている。 競馬学校に入学してくる子たちは15歳。皆、厳しい道を選び、親元を離れてやってくる子どもたちである。 当初は規則が厳しく、食事は、体重管理の意味も含めて、寮で出されるもののみが許され、お菓子等も一切禁止となっていた。 食べ盛りの子どもたちに、せめて堂々とお菓子を食べさせてやりたい。 茶道の授業を導入するきっかけには、競馬学校の先生たちのそうした「親心」もあったようだ。 そんな経緯で始まった茶道の授業。著者も学校側から「堅苦しくなく、お菓子の食べ方だけ教えてもらえればよいですから」と変わった申し出をされ、苦笑している。 だが、まだ幼さの残る子どもたちのために、精一杯、「お茶の心」を教えようと努めていく。一流の騎手になったとき、また騎手の道を捨て、別の生き方を選んだとき、きっと人生の支えになる、との思いを込めて。 生徒たちも素直にそれに答え、期待以上に真剣に茶道に取り組み、稽古に励み、時には茶会で学校の先生たちをもてなす。茶道のエッセイコンクールで入賞したものも数多い。 卒業してもなお、何年も所作を忘れず、茶室での稽古を思わせる美しいお辞儀が自然に出てくる。 一つ驚いたのは、騎手への偏見の話。最初の頃、競馬学校に教えに行く際、手伝いのためにお弟子さんを連れて行ったところ、その親からの「ウチの子をそんなところへ連れて行くなんて」と抗議があったというのだ。言われてみれば競馬は確かにギャンブルなわけだし、一方で茶道は昔ならば特に「花嫁修業」的意味合いが強かったのだろうし、こういう反応をする人もあったのだろうが。 また、騎手というのは危険がつきまとう仕事であるというのも再認識させられた。レース中の事故や落馬事故で、著者の二百数十人の教え子のうち、複数人が亡くなっている。 亡くなった教え子を語る著者の文は温かくまた悲しく、涙を禁じえない。 一期一会の茶道の授業。 一回一回を積み重ね、三十数年の時を経て、十数歳の子どもたちと和装の「お茶の先生」の間に通った「心」は、消えることのない財産であったのだろう。 異質であってもなお、あるいは異質であるからこそなお、通い合い、通じ合うものを思う。
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茶道と競馬学校。ミスマッチに感じるから、なぜ?なのだろうが、読めばそれなりに納得。少々、こじつけの所もあるが まあ、こんなものでしょう。1時間掛らず読了。
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