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愛するということ(下) ヴィレッジブックス
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | ウィーヴ(ヴィレッジブックス) |
| 発売年月日 | 2013/11/20 |
| JAN | 9784864910965 |
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愛するということ(下)
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商品レビュー
4
1件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
面白かったです。魅力的な登場人物たちと、シンプルで美しい物語。小説というものに、これ以上求めるものなんてなにもない、と思います。…が、やはり個人的には宗教に関する部分に注目してしまいました。こういった物語でいちいちその思想部分にばかり注目するのは不粋だとはわかっているのですが…。 なにより面白かったのは、主人公であるチーロは教会をあからさまに軽蔑し、いかなるときも祈りなど捧げず、そしてそんな自分の生き方を誇ってすらいるようなのに、非常に敬謙な人物だと評されている点です。チーロとは逆に教会にその身を捧げ、神学校に通って司祭にまでなった彼の兄、エドゥアルドは、「自分は神を知らない」と言うチーロに対し、「おまえは神を知っている。ぼくはおまえのなかに神の光を見たが、その光を持っていなかったから司祭になったのだ」と言います。なるほどその通り。兄弟の育ての親の一人であるシスター・テレサも似たようなことを話していましたが、カソックを着ることも、教会に通い、祈りを捧げることも、神に近付こうとする努力であって、敬謙であることの証明ではありません。では、なぜエドゥアルドはチーロが神を知っていると評したのか? はっきりとした答えはなかったように思いますが、推測するに、チーロは『愛するということ』を生まれつきわかっていたためではないでしょうか。自分から人を愛すること、運命に立ち向かう勇気を持つこと、権威に屈せず正義に準じること。チーロはそういったことを自身に課した義務としてではなく、自然と行なっていました。それはただ教会で跪き、祈りを捧げることなんかよりも、ずっと神に近い。なにしろ、神とは愛であるから。おそらくですが…いえ、むしろこんな浅薄な解釈は作者の書きたかった意図とは違っているだろうとは思いますが、私はこの物語を読んでこのようなことを考えました。 もう一つ面白く思ったのは、チーロは戦場においても病の床にあっても決して祈りませんでしたが、その理由は、「切羽詰まったときだけ神を頼むのは誠実ではない」からだ、と物語の後半にあっさりと明かされた箇所です。この心が敬謙でないなら、一体なにが敬謙だというのでしょう? そんなチーロも、物語中一度だけきちんと祈りを捧げたときがあります。それは、妻であるエンツァが、初対面のときから自分を愛してくれていたことを知ったときの感謝の祈りです。神に祈るに相応しいのは、愛への感謝だけ。そう思うと、ちょっと素敵だと思いませんか?
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