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自発的隷従論 ちくま学芸文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2013/11/08 |
| JAN | 9784480094254 |

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自発的隷従論
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商品レビュー
4.3
25件のお客様レビュー
タイトルからしてインパクトあるこちらの本。敬愛する本好きの方から、最近読んで面白かった本としておすすめいただいた。 本書解説から拾うと、「自発的隷従」とは、「強いられもしないのに、自ら進んで奴隷になる」ということ。ラ・ボエシは自身が生きる時代までに起こった数々の圧政・独裁に対し...
タイトルからしてインパクトあるこちらの本。敬愛する本好きの方から、最近読んで面白かった本としておすすめいただいた。 本書解説から拾うと、「自発的隷従」とは、「強いられもしないのに、自ら進んで奴隷になる」ということ。ラ・ボエシは自身が生きる時代までに起こった数々の圧政・独裁に対して、それは民衆が加担しているから起こると説く。 この本を読むまで、ラ・ボエシという人物を全く知らなかったが、彼は16世紀のフランスの知識人で、この「自発的隷従論」をなんと16か18歳(!?)で書き上げたとされる、驚くべき天才。 ラ・ボエシは日本ではあまり知られていないと思われ、ちくま学芸文庫のこの本自体、初版が2013年と割と最近。監修する西谷修氏のあとがきを読むと、「混迷の今こそ、ラ・ボエシに学べ」との強い意志を感じる渾身の一冊となっていると感じた。 ラ・ボエシは、進んで支配を受け入れる民衆を憂いながらも、人間は生まれながらにして兄弟のように友情を育む存在であり、友とはお互いの善良さを保証しあえる関係性にこそ生まれることを力強く伝えてくれる。 「いま一度、正しく行動することを学ぼう」という締めくくりに勇気をもらった。学ぶことで人間はより善く生きられるはずだ。
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長らく積読状態であった本書を、ようやく読了。本棚登録が2022年5月15日だったから、3年以上経過し、読み終えたことになる。感慨深いものがある。 エティエンヌ・ド・ラ・ボエシが18歳、もしくは16歳の頃に書き上げたとされる本作だが、古代ギリシア、共和制および帝政ローマに関する素...
長らく積読状態であった本書を、ようやく読了。本棚登録が2022年5月15日だったから、3年以上経過し、読み終えたことになる。感慨深いものがある。 エティエンヌ・ド・ラ・ボエシが18歳、もしくは16歳の頃に書き上げたとされる本作だが、古代ギリシア、共和制および帝政ローマに関する素養がなければ読み進めることは至極困難である。そこで、本書には訳者による解題、また監修者による解説が付せられている。本作を理解するにあたり、解題および解説が大きく読者の助けとなる。 自発的隷従論とは現代においても刺激的な表題である。人は強制された圧政に喘ぐのではなく、自発的に圧政に隷従する。あるいは、隷従を希求すらもする。圧政を行う者はその圧政によって利益を受ける層を作り出し、利益を享受する者がさらに下層の利益享受層(小圧政者)を作りあげ、その他多くの人々を重層的に支配していく。 重要なのは、圧政者が人々に与える「餌」だ。それは娯楽でありパンである。そうした「餌」を求めて人々は圧政者を、また小圧政者を下支えしていく。それが圧政を支えることに気付かず、人々は嬉々としてその体制に組み込まれていくのだ。 原初の人間には自由が備わっている。圧政、支配・被支配とは無縁の人間同士のつながりがある。そのつながりは友愛と理性によってもたらされる。対等で、互いが互いを必要とし補完していくフラットなものだ。それがどういうわけか、原初有していたはずの自由を失い、支配・被支配の関係性に組み込まれてしまう。そして、支配・被支配の関係性の中で世代は巡り、生まれた時点から支配・被支配が当たり前となった人間は、もう原初に備えていたはずの自由を忘却の彼方に置いてしまっているのだ。 本書に強く影響を受けた二人の論客、すなわちシモーヌ・ヴェイユ、ピエール・クラストルの論考も本書に付属されている。ラ・ボエシが後世に与え、また現代にも多大な影響を与えていることをこの論考は教えてくれる。 平易な文章(訳者の方のお力が大きい)ながら、決して一筋縄ではいかない著作である。ただし、読了後に現在の自分がどういう場所に立っているのか、考えずにはいられない読後感を与えてくれるのは疑いない。
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モンテーニュの友人ラ・ボエシが10代で書き上げた短い論考が400年以上も読み継がれるとは、書いた本人も想像していなかったことだろう。 自発的隷従、つまり自由に選択して奴隷になるという矛盾した言葉は、当時はモンテーニュをして世に出すのは危険と捉えられたようだが、他方、現代においては...
モンテーニュの友人ラ・ボエシが10代で書き上げた短い論考が400年以上も読み継がれるとは、書いた本人も想像していなかったことだろう。 自発的隷従、つまり自由に選択して奴隷になるという矛盾した言葉は、当時はモンテーニュをして世に出すのは危険と捉えられたようだが、他方、現代においては非常に納得しやすいものなのではないだろうか。 スマホを弄り、グローバル企業にせっせと情報提供しながらも、その支配を嘆く我々はまさに自発的隷従をしているとしか言いようがない。(とこれを書く私もまた自発的に隷従するのだ) これは社会を構成する人間の「自然」なのだろうか? 本書は革命を語る本かと思いきや、それはよくある誤解のようで、ラ・ボエシはあくまで時代性を離れた一つの思索として人間のあり方を考えて書いたらしく、これは「共産党宣言」というわけではない点には注意が必要である。
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