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私のいた場所
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私のいた場所

リュドミラ・ペトルシェフスカヤ(著者), 沼野恭子(訳者)

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定価 ¥2,310

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 河出書房新社
発売年月日 2013/08/24
JAN 9784309206318

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商品レビュー

4.4

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2019/04/11

作者が強い関心を寄せているのは、生者の現実世界でもなく死者の世界でもない中間的な時空そのもの。境界領域をさまざまに提示。これは掘り出し物というか、こういうの読んだことない。時代は少し前で、豊かでないカツカツ生活している生の生きざまが描かれる中、つつましくもそれぞれ人物達は感情的に...

作者が強い関心を寄せているのは、生者の現実世界でもなく死者の世界でもない中間的な時空そのもの。境界領域をさまざまに提示。これは掘り出し物というか、こういうの読んだことない。時代は少し前で、豊かでないカツカツ生活している生の生きざまが描かれる中、つつましくもそれぞれ人物達は感情的に生きてる。後書きに不思議の国のアリスの世界と表現されていて、風味は違うけど、突如異空間に遭遇する。しかし皆貧乏で地に足が着いていて自分を見失わない。時々人に言っても信じてもらえない出来事があるが、そういう感じ。

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2018/12/04

なかなか書店ではお目にかかれない内容の本でした。 かく言う私も、ネットでたまたま見つけましたが、まあ不思議な、奇妙で独特の味がする本でした。 いつもより何かが違う、迷宮の如く不可思議な世界へ迷い込みたい方にお勧めです。 この本に出てくる主人公たちはみな、救済を求めている。 人間...

なかなか書店ではお目にかかれない内容の本でした。 かく言う私も、ネットでたまたま見つけましたが、まあ不思議な、奇妙で独特の味がする本でした。 いつもより何かが違う、迷宮の如く不可思議な世界へ迷い込みたい方にお勧めです。 この本に出てくる主人公たちはみな、救済を求めている。 人間ってあながちそんな生き物なのかなあ?と思いました。 助けを求め、祈り、探し、迷い込む…。 そんな一冊です。

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2014/03/07

『ユーリャはアーニャおばさんにあれこれ身繕い、暖かいカーディガンを手土産に二時間後には駅前広場を走り、あやうく車にはねられそうになったが(もし事故になっていたら死んでいただろうけれど、そうなったら問題はすべて片づき、だれにも必要でない人間はいなくなってみんな楽になったはずだとユー...

『ユーリャはアーニャおばさんにあれこれ身繕い、暖かいカーディガンを手土産に二時間後には駅前広場を走り、あやうく車にはねられそうになったが(もし事故になっていたら死んでいただろうけれど、そうなったら問題はすべて片づき、だれにも必要でない人間はいなくなってみんな楽になったはずだとユーリャは考え、一瞬呆然となってこの考えにこだわった)、たちまち魔法のように電車を降りると、見覚えのある郊外の駅にいて、遠征用のリュックサックを背負って、見覚えのある道から村のはずれの川のほうへと進んでいた』 実は、この本を手にしたのは勘違いによるもので、てっきりリュドミラ・ウリツカヤの本だと思って購入したのだ。現代ロシアを背景とした物語は、最初その勘違いを中々気付かせてくれなかったが、幻想的な趣味が混入してきた辺りで何かが違うと気が付いた。 もちろん、様々なタイプの作品を書き分けることができる作家なのであろうけれど、東欧の昔話風の趣が、どことなく小泉八雲を思い起こさせる。もちろん小泉八雲は日本に生まれ育ったのではないけれど、その文章の底には日本人の土着の信仰に根付いたような世界観があり、その考えではあの世とこの世は極近い関係にある。耳無し芳一を持ち出すまでもなく、この世の者ならぬ者は平気で肉体的な接点を生きている者へ求めて来さえする。そんな彼岸との境のあいまいさが、何よりリュドミラ・ペトルシェフスカヤの特徴のように思え、そして小泉八雲の収集したかつての日本人の感覚に親いものとして感じられるのである。 とはいえ、この作家の息の長い文章は、ロシア的だなとも思う。あるいはスラブ的と言うべきか。小さなフレーズが幾つも何度も繰り返されて行きつ戻りつしつ、より大きなフレーズが奏でられる様式。フレーズには繰り返される度に少しずつ変調が加わり、やがてもっと大きな転調を呼び込む。そんな音楽的な特徴がリュドミラ・ペトルシェフスカヤにはあるように思う。そして、その音楽的特徴もまたどことなく幻想的で、この世とあの世の境を曖昧にするのに違いない。 これは多分に個人的な趣味の問題だけれど、そんな二つの世界のあわいが、短い昔話を現代に移し代えた話として並ぶ第二章は素晴らしい。まさに小泉八雲の怪談を彷彿とさせる。しかしそんな、云わば逆オリエンタリズムのような趣がこの作家の本質では、やはり、ないのだとも同時に思う。全ての話は極めて現代的であり、現実の悲惨な状況を思い浮かべさせる。貧困と飢えが生々しく描かれるその場所では、彼岸との距離の近さは抽象的な概念ではなく現実的な今日の状況だ。ソーネチカのリュドミラ・ウリツカヤにも似たような混迷のモチーフはあるように思うけれど、ウリツカヤの文章からはどこまでも都会的な価値観が感じられるように思えるのに対して、ペトルシェフスカヤのそれはより農村的だ。だからこそ、スラブ風の昔話の趣が自然に醸し出されるのかとも思う。 この作家にはスラブ風の短い話の並ぶ作品集もあるという。それが翻訳されることを切に願う。

Posted by ブクログ

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