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すべての「思い込み」から自由になる生き方
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すべての「思い込み」から自由になる生き方

阿部敏郎【著】

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すべての「思い込み」から自由になる生き方

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商品詳細

内容紹介 //付属品~CD付
販売会社/発売会社 中経出版
発売年月日 2013/06/15
JAN 9784806147763

すべての「思い込み」から自由になる生き方

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商品レビュー

4

4件のお客様レビュー

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2024/12/19

第1章は恋と結婚、第2章は愛と自分自身、第3章は悟り、第4章はお金と成功 この本じゃないけど、阿部敏郎さんの名言 「自分以外の自我は相手にしない」 悟り、スピリチュアル、宗教的な教えを学んでいくと逆に他者を批判したくなったりもしますが、そこは要注意ですね。 関連してイエス...

第1章は恋と結婚、第2章は愛と自分自身、第3章は悟り、第4章はお金と成功 この本じゃないけど、阿部敏郎さんの名言 「自分以外の自我は相手にしない」 悟り、スピリチュアル、宗教的な教えを学んでいくと逆に他者を批判したくなったりもしますが、そこは要注意ですね。 関連してイエス・キリストの言葉↓ マタイによる福音書 7:3-5 口語訳 なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。 自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。 偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。

Posted by ブクログ

2015/08/25

現実自体に意味はなく、その「思い込み」が自分を苦しめている。解釈を変えれば過去は変えられる。解釈の選択の自由が自分にはある。

Posted by ブクログ

2014/01/05
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

チェック項目10箇所。もうこれ以上、遠回りする必要はありません、この生き方は、いますぐ始めていけるのです、本書はそのための本です。たとえば男性の大臣に愛人が発覚すると、そのときは騒がれたとしても次第に忘れられていって、また政界で活躍していく例はたくさんありますよね、でも、女性の政治家が結婚相手だけでは満足できなくて不倫していたら、立場が根こそぎ奪われてしまう、その世界から抹殺されてしまう、それって、本当はフェアじゃないよね、でもそういう社会の不公平なゆがみの中で、女性は甘んじて生きなくてはならない現実が各所にあります。「自分がしてほしいことを人にしてあげなさい」「自分がされてイヤなことは、人にしてはいけないよ」最低此の2つを理解していれば、社会で生きていけると思っているから教えてきたわけですけど、でも実際には、それが原因でトラブルになる場合もあるんですよね、特に、「自分がしてほしいことを人にしてあげなさい」は一般論としては正しくても、こと男と女の関係になると―通用しないことが多い。「あなたと一緒なら、何でもできる」「あなたがいないと、私はダメになってしまう!」でもそのときに起きていることは、自分の「足りない」と感じている部分を、相手に映し出すことで心を満たそうとしているだけ、まぁ、これが恋の正体。本当は女性が不満を言ったり、「私はいま、こんなに大変で、頑張っているのよ」「あなたのせいで傷ついているのよ」と言ったりしたときに、男だって「オレだって、外で頑張っているんだ」というのがあるんだけど、それを言うとよけい話がややこしくなるから、何も言わないだけなんです。親友というのは、ケンカもするし、正直に関わり合いますよね、そういう関係が本来、親子も夫婦も一番いいと思います、表面上、怒ろうが笑おうが、どう取りつくろおうと、そのときの本当の波動って、必ず相手に伝わるものです、特に子どもは直感的にわかります。愛は、対象を選びません、条件を持ちません、彼なり彼女なり、誰かを愛するというのは、特定の対象に向かっていますね、でも、真の愛は、特定の対象を持ちません。よく親は、子どもに「言うことを聞きなさい」「私はあなたを愛しているから、言うんだ」とか言いますね、「自分は子どもを愛している」と勘違いしているんです、その本音を翻訳するなら、「私の言うとおりにしてくれたら、あなたは幸せになれるはずだし、私も幸せになれる」ということ、早い話、「私を幸せにしてーっ!」と、そうやって子どもを怒っているわけです(笑)。自分を「認める」と「受け入れる」は、実はちょっと違います、「認める」というのは、事実を事実としてただ認めること、「受け入れる」というのは、もう一歩踏み込んで、赦すところまでいく、やり方なんですが、まず、「私はずるい」「私は嫉妬深い」「私は〇〇だ」……って挙げていきます、そして―、「以上!」(キッパリ)、宣言して、終わりにしちゃう(笑)あとはもう一切、考えない、評価しないんです、「だから、自分はダメなんだ」とか、続けない、そういうジャッジは苦しみを生むだけで、実は何にもなりません。「あいつ、欲深いなぁ。以上!」「あいつ、また愚痴を言っているぞ。以上!」その後の判断をしない、そもそも、「いい」とか「悪い」とかジャッジすることが、自分を苦しめるんです。そこに義務があったり、「~ねばならない」という縛りがあると、努力になるわけですよね。

Posted by ブクログ