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檸檬 角川文庫

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商品詳細
内容紹介 | |
---|---|
販売会社/発売会社 | 角川書店/角川グループホールディングス |
発売年月日 | 2013/06/21 |
JAN | 9784041008386 |


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商品レビュー
3.6
127件のお客様レビュー
何となく手に取ることが多くて何度も読み返す表題作。読むタイミングによって共感したり、意味わからなくなったり、なかなか掴めない。
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檸檬だけ青空文庫で読みました。 怠惰による焦燥であったり、劣等感であったり、胸の奥や頭の中にどんよりと渦巻いている薄暗い感情をなんと言っていいのか分からないけれど、満たされていないという不幸と断言できない幸福を渇望する感情がものすごく美しく表現されていて見事でした。中学、高校時代...
檸檬だけ青空文庫で読みました。 怠惰による焦燥であったり、劣等感であったり、胸の奥や頭の中にどんよりと渦巻いている薄暗い感情をなんと言っていいのか分からないけれど、満たされていないという不幸と断言できない幸福を渇望する感情がものすごく美しく表現されていて見事でした。中学、高校時代に希死念慮とまでは言えないけれど満たされていないという気持ちがずっと取り巻いていたことがあり、非常に主人公に共感しやすい本でした。 自身に納得していない人生を送っている時は豪華絢爛であったり大衆嗜好の文化を受け入れられず寂れ、捻くれたサブカルチャー的なものに強く惹かれるという部分や、そうしてであった檸檬を真の幸福の象徴として描き、あまつさえ幸福を数量化して自身で勝手に越に浸ったりニヒリストを気取るという行為は最高に好きな描写です。そうして丸善の中に入り過去の自分が好んだものや価値観などを新しい幸福の象徴である檸檬によって爆破するのは新しい自分が誕生した瞬間に出逢えたと感じました。 私にとっての檸檬は今僕自身を取り巻いている人間関係だと解釈しました。大学に入るまでずっと婉曲し鬱屈し、共感されない窮屈な学生生活を送ってきた自分にとって、僕よりも文化的に色々なものを知っていたり価値観が育まれている人に囲まれて、今までの過去の自分が地続きになっていながらも新しい自分が誕生したんだと勝手に共感しました。私は檸檬を置いて行かず持ち続けたいです。 桜の樹の下には これは存在をキタニタツヤのpinkで知っていたけど読んでませんでした。冒頭のキャッチーな文章から終了まで一瞬で読める手軽さでありながら、生死を彷彿とさせる内容を取り扱っているのが面白かったです。バラの花に美しさと同時に妖艶さや危険さを感じるように、満開の桜に忌避感を覚え死体が埋まっているという解釈。そしてその描写が生々しく鮮明であり脳内にありありと浮かんでくるのは流石でした。そしてなんと言っても「俺には惨劇が必要なんだ。その平衡があって、はじめて俺の心象は明確になって来る。俺の心は悪鬼のように憂鬱に渇いている。俺の心に憂鬱が完成するときにばかり、俺の心は和んでくる。」この台詞が確信的だと思いました。幸福というのは相対的にできていて、不幸があるから幸福を噛み締めることが出来るというのは月並みだけれども納得のいく理屈です。ホラー映画や不快な気持ちになったり悲しい気持ちになる作品を見ると確かに気分は沈むけれど、どこか自分の居場所を確かめて幸福だと感じている卑しい気持ちの正体はこの事だったんだと認識出来ました。
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青空文庫にあったので檸檬と桜の樹の下を読了。 檸檬は思っていたよりもあっさりとしていて、周期的に来る鬱と肺の病からの解放の象徴としての檸檬を最後に丸善に置いていき、あれが爆弾だったら私の心の憂鬱の象徴としての丸善を粉々にできるのに。と言う妄想で終わるのが心理描写として美しいかっ...
青空文庫にあったので檸檬と桜の樹の下を読了。 檸檬は思っていたよりもあっさりとしていて、周期的に来る鬱と肺の病からの解放の象徴としての檸檬を最後に丸善に置いていき、あれが爆弾だったら私の心の憂鬱の象徴としての丸善を粉々にできるのに。と言う妄想で終わるのが心理描写として美しいかった。 桜の樹の下は、人が美しいと感じるときに同時に感じる恐ろしさのようなものを、自分の中で腑に落ちさせるための理由づけをする男の話だった。昔、恐怖は自我に取り込めないものに対する感情だと習ったが、美という、一種の神懸かり的事物に内包される狂気(憂鬱)を見つけることは現代の私たちの人生の中でも必要なことに感じる。 『今こそ俺は、あの桜の樹の下で宴会をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒を呑めそうな気がする。』
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