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ガレノス 解剖学論集 西洋古典叢書G070
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 京都大学学術出版会 |
| 発売年月日 | 2011/12/01 |
| JAN | 9784876981939 |
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ガレノス 解剖学論集
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ガレノス(坂井建雄・池田黎太郎・澤井直訳)『解剖学論集』京都大学出版会,2011年:ガレノス(129年—216年、諸説あり)の解剖学の論文が6本はいっている。「骨について初心者のために」、「静脈と動脈の解剖について」、「神経の解剖について」、「嗅覚器について」、「子宮の解剖について」、「筋の解剖について初心者のために」である。全編、形態解剖学に徹しており、生理学的な観点はあまりない。記述は、おもに「水のなかで窒息させたサル」をつかって、身体各部の構造を頭から足先へ順にのべている。重要な骨や筋肉、神経などはほとんどすでにガレノスによって論じられている。サルの解剖によっているので、多少人体とちがう所はあるが、ルネッサンスに否定されて無用になったというような代物ではない。訳者の「解説」によれば、16世紀の解剖学者、ヴェサリウスの「ファブリカ」(人体構造論)は、要するにガレノスの解剖学をでておらず、頭蓋骨の構成や神経の解剖では、ヴェサリウスはガレノスを引き写しており、「近代解剖学」のはじまりはガレノスにこそふさわしいそうだ。そもそも、ヴェサリウスは1543年(コペルニクス『天球回転論』出版と同年)の「ファブリカ」の出版のまえ、ジウンタ版ガレノス全集の編纂にかかわっていた。本文は骨や筋肉、血管や神経の形状、繋がり方、色彩などを詳しく書いている。ガレノスの時代は局所解剖学であり、19世紀にはじまった系統解剖学ではないが、それでもサルで実地にみた事実は重い。骨については、頭蓋骨のラムダ縫合が書かれており、「青春の骨」(恥骨)、「聖なる骨」(仙骨)などの当時の用語も知ることができる。脊椎の形状についても非常にくわしい。血管について書いた論文では静脈の方が詳細で、肝臓からでる門脈の枝は現代の三本とはことなり七本であるが、ほとんどが同定できるそうだ。動脈については心臓の大動脈の分岐がことなり、サルの解剖所見に近いそうである。神経については、「神経(ネウロン)なくしては、われわれが随意的とよぶ運動も持たなければ、感覚も持たないこと、そしてもし神経が切断されるなら、その部分はただちに無運動で無感覚になる」とし、「諸神経の根源が、脊椎の髄の根源と同様に脳であること、そしてあるものは脳自体からでていて、また他のものは脊髄から生じている」と書いている。2世紀に書かれたとは思えない文章である。嗅覚については、生理学的な観点からも論がある。嗅覚は鼻から息を吸い込んだときにしか生じないから、鼻そのものに嗅覚があるのではなく、もっと奥に嗅覚器官があり、治療で香辛料の臭いを嗅がせたところ、頭に痛みがでたことから、嗅覚の根源は脳にあると結論している。筋肉や骨については「運動をする人」について言及がある。これはガレノスが剣闘士の看護していたころの経験からくるのかもしれない。ガレノスの解剖学用語は、現代にのこっているものも多いので、読むには解剖学書が必要になる。実際、解剖学のハンドブックで確かめてみた。ただし、ガレノスの記述は骨の突起や筋肉の腱の形状までしっかり書いてある。簡単な解剖学の本ではのっていない場合も多い。率直にいって、文章は学術論文の口調で味もそっけもないが、それだけに抑えた事実の表現から、マルクス・アウレリウス時代のローマ解剖学の高い水準を知ることができる。ガレノスの先人たち、ヘロピロス(前335-前280)やエラシストラトス(前304-)などは、アレクサンドリアで罪人の生体解剖が許された時代に生きており、人体に関する知識は相当すすんでいた。マリノスも20巻におよぶ解剖学書を書いていた。あらためて、中国医学とのちがいを考えさせられる。根本的な物の見方、あるいは物を見るまえの前提がちがうのではないだろうか。もちろん、アレクサンドリアの社会が解剖を許していたという社会的要因も大きいだろう。
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