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オレンジだけが果物じゃない 白水Uブックス176
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 白水社 |
| 発売年月日 | 2011/09/09 |
| JAN | 9784560071762 |
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オレンジだけが果物じゃない
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オレンジだけが果物じゃない
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商品レビュー
3.9
21件のお客様レビュー
信仰の重圧と自己のアイデンティティの葛藤を描いた物語で、主人公のジャネットは、狂信的な母のもとで育ちながらも、同性愛に目覚めていく過程を辿ります。彼女はキリスト教の教えに従いながらも、周囲からの偏見や疎外感に苦しむ中で、自らの信仰と愛の形を模索します。物語には寓話や哲学的な要素が織り交ぜられ、深いメッセージを伝えつつも、ユーモアや皮肉が効いているため、重苦しくなりすぎません。多様な価値観や生き方を考えさせられる作品であり、文学的にも自伝的にも優れた内容が魅力です。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
西加奈子のおすすめ本なので読んでみた。 文化的な背景が違うために、すっと頭に入ってこない部分が多く読むのに苦労したが、住む国や文化など生きる環境が自分とは全然違う物語なのに、どこか共感できる部分もある。西加奈子が海外文学に対して言っていたことが少しわかった気がした。 当たり前だと思っていた世界が、周りの大多数からしたら異質であること。生育の過程でなんとなく違和感を抱きながらも、それが自分の当たり前の世界となり、その世界から出ることへの迷いや出てからの迷い、切ったはずのものにまた繋がりを感じるという一連の流れが、人の生の中で起きる共通のこととして感じられた。
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ずっと「果物はオレンジだにかぎる」って言ってたのに。耳が聞こえなくなった時のエピソードが好き。3か月もの間、誰も気づかなかったという。そして入院している間に母が持ってきたのはオレンジだ。しかも固い。 いやあ、母が強い。宗教信もメンタルも生命力も。この母を中心にした信仰のコミュニ...
ずっと「果物はオレンジだにかぎる」って言ってたのに。耳が聞こえなくなった時のエピソードが好き。3か月もの間、誰も気づかなかったという。そして入院している間に母が持ってきたのはオレンジだ。しかも固い。 いやあ、母が強い。宗教信もメンタルも生命力も。この母を中心にした信仰のコミュニティーからはみ出す、ジャネット。そのつもりはなかったけど、認めてもらえなかった。 生き方を。 母は断罪する、悪魔だと。出て行けと。 それでも、布教活動にあくせく活動するさまや、村の住人の会話は楽しい。憎めない。ユーモアだ。 再会のシーンがいいね。秀逸です。 途中の宗教的な描写は、難しいが、訳者あとがきで、助けられる。
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極端なキリスト教信仰を持つ母(養母)とその宗教コミュニティの中で育つ主人公は、作者と同名のジャネットという少女。旧約聖書のモーセ五書と歴史書のタイトルを章名に用い、内容的にも聖書に沿いながらジャネットの成長が綴られる構成が、ジャネットの宗教的環境と相まってまず興味深い。 ジャネッ...
極端なキリスト教信仰を持つ母(養母)とその宗教コミュニティの中で育つ主人公は、作者と同名のジャネットという少女。旧約聖書のモーセ五書と歴史書のタイトルを章名に用い、内容的にも聖書に沿いながらジャネットの成長が綴られる構成が、ジャネットの宗教的環境と相まってまず興味深い。 ジャネットが母の強い影響のもとで世界を認識し始める幼い頃(創世記)から始まり、母の教えを素直に信じ教会コミュニティに強く帰属していく少女時代が「出エジプト記」「レビ記」「民数記」で語られる。続く「申命記」は聖書ではモーセがイスラエルの民に残した言葉が収められた書。少女期と大人期の間に挟まるインターミッションとして、ここでは歴史や物語をめぐる作者の視点が他の章とは異なる雰囲気で綴られる。 戦いの物語である「ヨシュア記」「士師記」では同性間の恋愛を「罪」「悪魔のわざ」と弾劾され母や教会コミュニティと対立しそこから飛び出していくまでが描かれる。最終章タイトルの「ルツ記」は夫を亡くしたルツが夫の母(義母)と互いに支え合いながら生きていく物語だが、このタイトルに呼応するように、血の繋がらない母のもとに久しぶりに帰省したジャネットと母との、互いに生き方は変えないままでいながら、不思議に切れない絆、結び付きが感じられる空気感の中で本作の幕が下りる。 「母の神は圧倒的に旧約聖書の神」と語られる通り、母親の極端なキリスト教信仰は異教徒・不信心者との闘いであって、布教こそすれ共存や歩み寄りということはしない。正義と悪の境界は揺るがず、正誤の境界も同様である。その個性は強烈でそれこそ圧倒的だが、母を語るジャネットの眼差しには憎しみも蔑みもなく、あるのは理解されない・願う形で寄り添ってもらえない寂しさ、一種の一方通行な愛である。とは言え母の方に愛情がないわけではない。ただ、この母娘はいわば生まれながらに違う星に住んでいて、どうしても互いに互いを完全に自分のものとすることができない。 こうした関係に陥ることはどんな親子にもありえることだと思うが、血の繋がらない母娘であることが、二人にはむしろ一つの慰め(分かり合えない理由をそこに帰すことができるという点で)になっているのかもしれない。 神は愛であるが、同時に、旧約聖書の神は嫉む神、怒る神、苛烈な神である。一方で、新約聖書のイエスの愛は弱いもの・小さなものたちへの愛である。けれどその、弱いものを愛し自らも弱いものとして生きたイエスは、苛烈な神の息子でもある。ジャネットは苛烈な母に同化することはできなかったが、別の愛を(母親と教会コミュニティには受け入れられない性質のものであっても)確かに見つけ、自分らしい生き方、自立して歩む道を見出す。苛烈な旧約の神が罪人と断じた者も、イエスの愛の前では救いの中に招き入れられるべき存在、人として認められる存在となるのだ。 何重にもかさねられた親子の姿は、実際に血の繋がらない母に育てられた作者自身の親子関係が重ねられたものかもしれない。分かり合えない、けれど断ち切れない強い絆で惹きつけられる養母への、求める愛が得られない寂しさ。単色では描けないそうした思い入り混じる娘からの愛のひとつの表現として、本作が生まれたのではと思わせられた。
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