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猫を抱いて象と泳ぐ 文春文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 文藝春秋 |
| 発売年月日 | 2011/07/08 |
| JAN | 9784167557034 |

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猫を抱いて象と泳ぐ
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商品レビュー
4.2
560件のお客様レビュー
主人公は、幼少期の中でデパート屋上で死んだ象のインディラ、バスのマスター、そしてミイラとの関わりを通じ、「大きくなること」への恐怖を感じ、成長を止めた。 そこから、からくり人形「リトルアリョーヒン」の中でチェスを指すようになっていき。。 主人公含め、全ての登場人物に名前があてら...
主人公は、幼少期の中でデパート屋上で死んだ象のインディラ、バスのマスター、そしてミイラとの関わりを通じ、「大きくなること」への恐怖を感じ、成長を止めた。 そこから、からくり人形「リトルアリョーヒン」の中でチェスを指すようになっていき。。 主人公含め、全ての登場人物に名前があてられてないが、それが気にならないほど丁寧な作品だった。 様々な登場人物との出会いの中でも、主人公のチェスへの思いは、「その人自身」で、「海を泳ぐ」と比喩されているのは、とても印象的だ。 山崎努氏の解説にもある通り、静かで優しい世界だった。
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初めて登場人物の名前が出てこない小説を読んだ 途中で気づいたので何か物凄いどんでん返しものかと思いながら読んでたら普通に終わった 主人公が何かサヴァン症候群的なのを持っており人間を上手く把握できないからこうなってるのかなぜこの作りなのか気になった 人間に興味を持ってない訳ではない...
初めて登場人物の名前が出てこない小説を読んだ 途中で気づいたので何か物凄いどんでん返しものかと思いながら読んでたら普通に終わった 主人公が何かサヴァン症候群的なのを持っており人間を上手く把握できないからこうなってるのかなぜこの作りなのか気になった 人間に興味を持ってない訳ではないし? チェスで人間の深い魂と会話をするから名前なんて上っ面なもの関係ないみたいな事もあるのか インディラとビショップのつながり 同じ色(インディラにとっては屋上)でしか動けないから 総婦長のゴンドラでリトルアリョーヒンを掲げて行動以外全て外さず当たって嬉しかった リトルアリョーヒンの頬が薄ピンク色に染まっていたのはミイラとのHな事を考えているみたいでめちゃくちゃ雄みがあって良かった 途中中弛みを感じたが終盤持ち返した 人間はいづれ死ぬが温かい意志は脈々と繋がれる それをこの本で学べた
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
リトル・アリョーヒンには、チェスがあってよかった。 彼にとってチェスは、単なるゲームではなく、人生そのものだった。勝ち負けが存在するのはもちろんだけれど、彼が本当に大切にしていたのは、どんな「棋譜」が生まれるかということ、そしてそれを通じて誰かと交わされる「会話」だったのだと思う。 チェスは人生のように、対峙する相手や盤を挟む場所によって、まったく違う表情を見せる。汚い手を使ってでも勝ちを急ぐ者もいれば、報酬のために勝ち方にはこだわらない者もいる。そこには、その人がどんな人生を生きてきたかが、そのまま染み出している。 象徴的なのが、マスターがアリョーヒンを叱る場面だ。橋のたもとで賭けチェスに参加したとき、「そういう対局はするな」と彼は言う。 それは「賭けなんかに関わって自分の価値を下げるな」という忠告以上に、「そういう生き方をするな」「自分の人生をそんな場所に落とすな」というメッセージだったのだと思う。 深海クラブでは、アリョーヒンはアリョーヒンの中に入り、リトル・アリョーヒンとなる。あの場面は、彼が自分のアイデンティティをアリョーヒンに重ね合わせ、「自分」という器をそっと載せ替えるような行為に見えた。チェスの才能だけでなく、生きる姿勢そのものを借り受けるような、静かな変身の儀式だったのではないだろうか。 物語の終盤、老人ホームでひっそりとチェスを指し続けた後、アリョーヒンは静かに亡くなる。 それは、棋譜を求めて、会話としてのチェスを続け、人生とチェスを重ね合わせたまま、その「盤面」の中で息を引き取るような、美しい最期だったと感じた。 彼の顔や姿をはっきりと覚えている人は少ないかもしれない。でも、彼の存在や思い、そして彼が残した棋譜は、「ミイラ」という形で後世へと引き継がれていく。 たとえ名前を忘れられても、「確かにここに生きていた誰か」がいたという事実だけは、物語と記憶の中に残り続ける。 なもなき存在になったとしても、その人が生きていたという事実、その人が生き抜いたということを忘れないでいたい。 この物語は、そんなささやかな決意のような気持ちを、自分の中にもそっと灯してくれる作品だった。
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