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対極と爆発 岡本太郎の宇宙 1 ちくま学芸文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2011/02/10 |
| JAN | 9784480093714 |
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対極と爆発
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対極と爆発
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商品レビュー
4.7
4件のお客様レビュー
赤い兎◆今日の芸術◆夜の会◆対極主義◆爆発と瞬間◆万国博に賭けたもの 著者:岡本太郎(1911-1996、川崎市高津区、芸術家) 編:山下裕二(1958-、呉市、美術史)、椹木野衣(1962ー、秩父市、美術評論家)、平野暁臣(1959-、東京、プロデューサー) 解説:椹木野衣
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大好き。 太郎さんの考え方が、リアリティのある言葉で丁寧に書いてある。 その考えは突飛なものでもなんでもなく、ただまっすぐ。まっすぐいることは、時にたたかうこと。 恐れるな、美しくまっすぐ立て、と力強く私を支えてくれる、お守りのような本。
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※このレビューにはネタバレを含みます
岡本太郎の著作を5つのテーマに編集した著作集の第一部。テーマは対極と爆発だ。芸術はどうあるべきか、彼の芸術家としての立場はどのようなものか、芸術に対してどのような心構えや想いで望むか、そういったことについて綴られている。対極という考え方は、青年期から10年あまり過ごしたパリで生まれた。当時、アブストラクトアートとシュールレアリスムがパリの画壇でもてはやされていた。これらの絵はそれぞれ抽象と具体を突き詰めていったもので、芸術史上まさに対極に位置する。この相反する立場を、弁証法的に捉え直したのが、岡本太郎の対極主義だ。しかし、ただ合わせるのではない。片方に極端にかけることによって、はじめて激しいぶつかりが生まれ、新しいものが生み出されると太郎は言う。彼の爆発の概念は、戦後生まれたようだ。日本人は原爆を落とされた被害者だという認識が、彼には強い。その主体者意識が大事だと言う。ごっそり、えぐりとられたあの瞬間を問い、考える。そして、新しい日本を作る意志と情熱の中にあの瞬間が爆発し続けなければならないと述べる。この爆発は生き方ひいては芸術のあり方について突いている。芸術は爆発だという言葉は有名だが、岡本太郎は対極にかけることを通して生命を爆発させるような生き方をしたのだ。 なにかにかける、その瞬間に、私は二の足を踏みがちだ。仕事を引き受けること、他人に関わること、日常の些事のなかにも小さな選択がある。これをしたらどうなるだろうと、リスクが頭をよぎり思考停止状態に陥る。そして、そのことは後回しにし、そのまま日常の中で忙殺され、いつしかそんなアイディアがあったことすら忘れてしまう。たしかに、岡本太郎の生き方には憧れる。だが、その方向に進むのは怖い。彼のような生き方をしようとしても、できる自信がない。果たして、この怯えはどこから来るのだろうか。方や、岡本太郎は、ダメでいいと開き直っている。この開き直りはどこからくるのか。上手い必要はない、美しくあればいいと芸術論の中で彼は言っている。当時ではへっぽこ絵描きと見なされていたセザンヌを例に出し、絵画の歴史は職人的な技巧を極めることを志向するところから、たとえ下手であっても芸術的な感性やセンスがあればいいという時代に入ったと言っている。会社人間という言葉に象徴されるように、仕事もその組織で評価される技巧を極めることが求められたりする。そして、それが巧くできない人は使えないと言われ、白眼視される。しかし、実は芸術も仕事も同じではないか。経済が行き詰まり創造性が求められる時代に、巧くある必要があるのか。むしろ、美しくあることの方が大事だ。美しさは新しさであり、人間性に根付くものだ。人間性に根付くものは普遍性がある。そこから出てくるものは、人の心を打つ。巧く生きる必要はない、美しく生きればいいのだ。 ところで、美しさという時に第一に思い起こすのは、容姿の美しさだ。百田直樹さんがモンスターという小説で美を追求する女性を描いたが、現代は美に対する執着が強い。人は見た目が9割という人もいる。しかし、ここで言われている美しさは、その時代が決定した基準をもとに言われている。自分自身もその美しさを目指して、髪型を整えたり、洋服を買ったりしている。これは、岡本太郎の言う、上手に書こうという意識と共通するものがある。どちらも、他人の期待に応えようという意思が働いている。本当の美しさは整えら形作られたものではなく、うちから溢れだすものだ。 しかし、どうしてうまくあろうという思い込みがあるのだろうか。これは、他人の期待に応えようという刷り込みだと思う。たとえば、学校教育の中で、与えられた課題を忠実にこなす訓練をするうちに、それが思考の習性になってしまったのだ。問題意識を持ち、自分の頭で考えることが足りない。容姿もモデルや俳優の綺麗さやかっこよさが流行りになり、人々はそれを追いかける。作られた基準、答えに正確に答えることが正しいとされる。模倣能力が価値とされているのだ。 しかし、 この行き詰まりを見せる社会で、大事なのは個々の創造性だ。そして、創造的に生きている人は、美しい。創造的に生きるということは、伝統と対決し、新しさを作るということだ。だから、美しさは、実は思考能力と表裏一体の関係にあるのではないだろうか。課題を見つけ、本質を見極め、自分の考えを持つという、小さい頃には誰しも持っていた素直な感覚も持つべきだ。ただ、子供が手にしている保証された自由と、大人が手に入れるべき獲得くる自由は違う。
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