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古代の都はどうつくられたか 中国・日本・朝鮮・渤海 歴史文化ライブラリー313
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古代の都はどうつくられたか 中国・日本・朝鮮・渤海 歴史文化ライブラリー313

吉田歓(著者)

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古代の都はどうつくられたか 中国・日本・朝鮮・渤海 歴史文化ライブラリー313

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 吉川弘文館
発売年月日 2011/01/22
JAN 9784642057134

古代の都はどうつくられたか

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商品レビュー

3.5

2件のお客様レビュー

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2025/12/24
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東アジア諸国の都城が、隋唐の長安城という「グローバル・スタンダード」を単に模倣したのではなく、各国の政治状況や伝統に応じて「部分採用」や「改変」を行っていた実態を解明する試み。本書の特色は、飛鳥・奈良の都を「唐の劣化コピー」と見る誤解を解き、都そのものが巨大な舞台装置として機能していたことを示す点にある。 中国では、曹魏の洛陽宮において「太極殿(儀礼)・東堂(政務)・西堂(休息)」という機能分化が発明された。これは正殿一極集中から、大規模儀礼の場(太極殿)と日常政務の場(東堂)を分離する革新であり、どこで臣下が君主に接近できるか=意思決定の回路を作り替えた。太極殿という殿舎名自体が、宇宙の根源(太一・北極星)を象徴し、天皇・皇帝の臣従確認儀礼の場となる語彙装置として機能した。 隋の大興城(唐の長安城)では、宮城を北端に置く北闕型が完成。これは皇帝を宇宙の中心(北極星)かつピラミッドの頂点として演出する「都城全体の儀礼空間化」を意味した。北闕型(宮城を都の北端に置く構造)は、君主を宇宙中心として演出し、都城全体を儀礼空間化する理念を伴う。 日本については、当初「宮」のみで城壁を持たない伝統的構造であったが、律令国家形成に伴い条坊制を導入。藤原京では『周礼』の理想を、平城京では唐長安城の「権力誇示の舞台装置」としての性格を強く反映させた。 藤原京の特異性として、近年の「十条十坊説」に基づけば、藤原京は唐長安城(北闕型)よりも、『周礼』考工記の理想モデル(中央に宮を置く正方形)を具現化しようとした可能性が高い。 平城京については、都城の「セット」性が指摘される。平城京は城壁(羅城)を一部しか持たず、朱雀大路沿いのみを築地塀で整えた。これは外国使節への権威誇示を目的とした「映画の撮影セット」のような構造であった。羅城を一部のみ、朱雀大路沿い中心に整備し、対外的権威誇示を優先した構造が明らかにされる。 天智期関連では、乙巳の変後、中大兄皇子は孝徳天皇とともに難波長柄豊碕宮を造営。前期難波宮(難波長柄豊碕宮)は日本初の本格的な大極殿・朝堂院的空間で、巨大な朝庭(233m×263m)を持ち、大人数を圧服させる政治舞台であった。小墾田宮以来の大殿一極構造から脱し、天皇の「出御空間」を創出した主導者としての役割が位置づけられる。 白村江敗戦後の近江大津宮は、飛鳥の伝統を継ぎつつ、後の律令官僚制を支える「侍候空間」の萌芽が見られる。天智期に試行された「中国風儀礼空間」の創出が、天武朝の「大極殿」命名や飛鳥浄御原令の頒布、そして絶対的天皇権威の確立へと結実していく橋渡しとして描かれる。 儀礼運用については、小郡宮の礼法(大化三年制定)が具体例として挙げられる。寅時に整列、日の出とともに拝礼、午時に鐘で退庁という厳格な朝参システムが、時刻と動線を規格化し、参列・拝礼・退庁の反復で臣従秩序を可視化した。 渤海については、上京龍泉府から出土した「品位」「客」の陶版(版位)が注目される。これは臣下の立ち位置を示す目印で、中国式儀礼の挙行を証明する物証として機能する。 長岡宮の闕形式門は、南門の両脇に翼廊と楼閣を設け、中国皇帝に比肩する権威を視覚化した装置として評価される。 注意点として、藤原京の規模については、かつての「五条五坊説(岸説)」に対し、近年の発掘成果に基づく「十条十坊説(小澤説等)」が有力視されているが、施工実態の不均等さについても言及がある。また、隋の大興城と唐の長安城は別称だが、唐代の名称(太極殿等)から隋代の設計思想をそのまま逆算するのは危険である(政治的改称があるため)という著者の警告を念頭に置く必要がある。 歴史文化ライブラリーであり、平易な文章で比較史の基礎が学べる初学者向け。「なぜここに門があるのか」「道がなぜこれほど広いのか」という疑問に政治的回答をくれる。中大兄皇子や桓武天皇が、限られたリソースの中で「国家の顔」をどう飾り、外国使節をどう驚かせようとしたか。石垣や柱の並びから当時の政治的野心が立ち上がる、解像度の高い一冊。

Posted by ブクログ

2025/11/24

文献や研究報告を調べ上げ、文章を用いて主義主張を構築して書籍にするのは大変な作業だ。こうやって書評を書くのすら大変なのだから、それを出版するとなると大変な負担になることは想像に難くない。だからなるべく低評価をつけたくはないのだが、こちらの書籍に関してはあまりにもお粗末な点が多すぎ...

文献や研究報告を調べ上げ、文章を用いて主義主張を構築して書籍にするのは大変な作業だ。こうやって書評を書くのすら大変なのだから、それを出版するとなると大変な負担になることは想像に難くない。だからなるべく低評価をつけたくはないのだが、こちらの書籍に関してはあまりにもお粗末な点が多すぎてそうせざるを得なかった。 まず第一に文章力がない。ほとんど文章を執筆していない人間が、専門用語を無理に当てはめてそれらしい文章に仕立て上げているような不安定さがあり、難しい単語でセンテンスを始めていながら幼稚な言葉遣いで締めている部分が多く、全体的にぎこちない。提示された情報を咀嚼しようにも終始この始末なので素直に受け止めることができない。その分注意深く文字を追っていかなければならないため、読む側の負担が大きいのである。 そして、掲載された図と説明文の内容が一致していないことが多い。図面にて使用されている単語と説明文の単語が一致していないことが本当に多く、理解を助けるための図がむしろ混乱を招くものとなっている。対象の本来の呼ばれ方と学者間での呼び方に違いがあるのはわかるが、本書は中国・日本・朝鮮・渤海といった東アジアの広い地域の都を網羅する体裁を取っているためか、各国の事情についての説明が薄い。そのため図についての説明も手薄になっており、片手にスマホを持って検索しながら読み進めることを余儀なくされる。これでは本末転倒ではないだろうか。 前後の説明に食い違いが見られることも問題だ。前述した図と説明文との相違に関連したことでもあるが、「唐長安城は東西に伸びる長方形だった」という説明に対し、次項の図面に表された唐長安城はどう見ても正方形だ。違和感を感じて何度も見返したり、わざわざ長さを測ってみたりしたが、長方形というよりは明らかに正方形に近い。これはいったいどういうことなのだろうか。 日本の都に関しては、長岡京の建造には平城京と難波宮両方の資材が転用されたとの記述が最初にあったが、後半は全て平城京の資材の転用であることを前提とした記述がなされている。こうなるともう何を信用していいのかわからなくなる。唐長安城にしろ、長岡京にしろ、そう書くだけの理由があるのかもしれないが、そこをもっと具体的に説明して欲しかった。 参考資料の掲載にも問題がある。最後にまとめて全ての文献を掲載してくれればいいのに、巻末の掲載を最低限に留めて文章中にバラバラに書誌情報を載せているため、あとで資料を確認したいなと思った時に非常に探しにくい。筆者としてはこのスタイルが合理的と考えていたのかもしれないが、読む側としてはたまったものではない。なにせ本書は全体的に不安定なので参考資料をしっかり確認して裏を取りたいのに、それすら困難だ。 著者の情報に対しての考え方にも浅さが目立つ。渤海は都を建設するにあたって唐長安城を大いに参考にしたが、床下暖房という伝統的なスタイルだけはそのまま引き継がれたとの記述があったが、伝統的も何もなくそもそも中国東北部は厳しい気候環境なので唐の要素をそのまま取り入れてしまったら凍え死んでしまうのだから、床下暖房の設備を維持することなど当たり前のことだろうと言いたくなる。なぜ各国がその方式を採用したのかについての明確な説明がなされているのが高句麗と百済のみで、他の国は唐化を急いでいたの一辺倒で説明に深みがない。読んでいても飽きてきてしまう。 言いたいことは本当にいくらでもあるのだが、最後に一つだけいいたい。本書にはあまりにも不確定な要素が多く、著者自身の主張も曖昧でふわふわとしているため、根拠に乏しい。様々な文献から説を紹介し、総合的に検討しようとしているところは評価できるのだが、色々挙げ連ねたあげく「具体的にはわからない」で終わらせてしまっているため、どれひとつをとっても判断材料として扱えないのだ。ある程度力強く言い切ってもらえないと、他の情報と照らし合わせて類推することができない。 そもそもふわふわしている主張など検証に値しない。説得力のある論を比較して受け入れたり批判することで情報は磨かれていくからである。ただただ不確定な情報を中途半端に取り上げて並べていっただけでは何の意味もないのだ。 素人の分際でこういった評価は下すのはどうかと思われるかもしれないが、素人だからこそもっと面白い本にして欲しかったと思う。これでは著者の専門としているフィールドに興味がまったく湧いてこない。それは自身の首を絞めることになるのではないだろうか。なんにせよ、多くの意味でいい勉強になったと思わざるを得ない。

Posted by ブクログ