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ゴッホ 風がはこんだ色彩
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 西村書店 |
| 発売年月日 | 2010/10/20 |
| JAN | 9784890139217 |
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ゴッホ
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商品レビュー
3.7
4件のお客様レビュー
ゴッホのことをもっと知りたくなった。 色鉛筆メーカー(画材)で、ゴッホの名前付いていたのがあったかなーと思い出した。 芸術家ゆえにたくさん苦しんだりしていたのだろうな。 印象派とか、絵画については知らないことが多いので、色々知りたい。 この本を読み、アート小説が気になってきた...
ゴッホのことをもっと知りたくなった。 色鉛筆メーカー(画材)で、ゴッホの名前付いていたのがあったかなーと思い出した。 芸術家ゆえにたくさん苦しんだりしていたのだろうな。 印象派とか、絵画については知らないことが多いので、色々知りたい。 この本を読み、アート小説が気になってきた。
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フィンセント・ゴッホの生涯を弟テオと共に描いていく伝記絵本。子どもの頃のエピソードからフィンセントの死までを描いてる。図書館にて読む。ゴッホの作品が14点紹介されてます。 ゴッホが好きで、原田マハさんの、ゴッホのあしあと、たゆたえども沈まずを過去に読みました。 ゴッホとテオの兄...
フィンセント・ゴッホの生涯を弟テオと共に描いていく伝記絵本。子どもの頃のエピソードからフィンセントの死までを描いてる。図書館にて読む。ゴッホの作品が14点紹介されてます。 ゴッホが好きで、原田マハさんの、ゴッホのあしあと、たゆたえども沈まずを過去に読みました。 ゴッホとテオの兄弟愛に胸を打たれます。 テオが亡くなったあと、テオの妻が絵を紹介したようです。 石炭袋を運ぶ女たち 雪のヌエネンの牧師館の庭 リュクサンブール庭園の並木道 昼寝 サン.レミの療養院の庭の木 記憶になかった作品、見れてよかった!
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キアーラ・ロッサーニ文、オクタヴィア・モナコ絵、結城昌子監訳『ゴッホ:風がはこんだ色彩』(西村書店) 2010.10.20初版第一刷 2020.1.26読了 今では世界中の人々から愛されているが、生きている間はほとんど世間に認められることなく、37歳という若さで自らの人生の幕...
キアーラ・ロッサーニ文、オクタヴィア・モナコ絵、結城昌子監訳『ゴッホ:風がはこんだ色彩』(西村書店) 2010.10.20初版第一刷 2020.1.26読了 今では世界中の人々から愛されているが、生きている間はほとんど世間に認められることなく、37歳という若さで自らの人生の幕を閉じてしまったゴッホ。1880年、4歳下の弟テオの支援を受けながら、故郷のオランダで絵を描き始めるが、当初は人々の貧しさや苦しみに塗り潰された土色の絵ばかり描いていた。しかし、1886年、テオのいるパリに出たゴッホは、そこで光と色彩に溢れた絵と出会う。ゴーギャンら若い印象派の画家たちと日々切磋琢磨し合うが、やがて、ささいな口喧嘩が暴力沙汰になることが増え、仲間が集まると決まって騒ぎになるようになった。比例的に増える酒量。1888年2月、ゴッホは、明るい空が広がる、より静かな南仏アルルの村へ旅立つことになる。アルルは明るい太陽が光り輝く黄金の村だった。と同時に、ミストラルと呼ばれる強風が吹き荒れる過酷な自然環境でもあった。彼は新しい色彩を追い求めて、麦畑を歩き回った。 1888年10月、ゴッホの絵を見て心動かされたゴーギャンは、ゴッホがいる黄色い家で共同生活を始める。しかしながら、絵への情熱に溢れた二人がずっとそばにいられるわけはなく、ゴッホは狂気の沙汰に走る。ゴーギャンが去った後、ゴッホは本と蝋燭が置かれたゴーギャンの肘掛け椅子と、パイプと煙草の乗った自分の質素な椅子を描くが、椅子の主の姿は描かれなかった。1889年5月、サン・レミの療養所に入院しても筆を置かなかったゴッホは、相変わらず吹き続けるミストラルに悩まされ続けた。次第に、彼の眼には、ミストラルはらせんに映るようになった。彼のカンバスは渦だらけになっていった。彼は孤独と苦悩の渦の中枢にいた。1890年5月、ゴッホはテオが住むパリ近くの安旅館に居を構える。そこで、ようやくゴッホの描いた絵が一枚売れるが、もはや何もかも遅すぎた。この頃に描いたガシェ先生の肖像画は、やつれて疲れ果てたゴッホ自身の自画像のようにも見える。1890年7月、ゴッホは「カラスのいる麦畑」を描いて、拳銃自殺を図り、その6か月後、兄を追うように弟テオも亡くなった。 URL:https://id.ndl.go.jp/bib/000011015458
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