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絵で見る哲学の歴史
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 中央公論美術出版 |
| 発売年月日 | 2010/04/30 |
| JAN | 9784805506295 |
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哲学することはそもそも必要があるのか、どちらかというと哲学することを認めてはならないのではないかと自問し、それについて考え込むとすれば、すでに哲学に入り込んでいることになる。 哲学はどこに立つ止まり続けているのだろうか?森羅万象がまだ自然科学により説明しつくされてはいない間でしか...
哲学することはそもそも必要があるのか、どちらかというと哲学することを認めてはならないのではないかと自問し、それについて考え込むとすれば、すでに哲学に入り込んでいることになる。 哲学はどこに立つ止まり続けているのだろうか?森羅万象がまだ自然科学により説明しつくされてはいない間でしか、哲学は存続することはないのか?哲学はゆくゆく存続しなくなるのか? ソクラテスの死は、鉄学の歴史の中で一つの転回点となっている。 アリストテレスにあっては、知を求める努力そのものは、超越的な基礎付けを喪失しており、生に奉仕する機能に基づいて、もっぱら内在的に説明される。プラトンの場合は、知るとは再び想起することである。本来、いかなる新しい知も不可能である。アリストテレスの場合は、新しい知は可能なのである。たしかに彼は神的なものを認識としてあるいは神の知そのものとして、知を完成させることをもくろんでいる。 フィヒテの知識学では、もはや神が言及されることはない。 ヘーゲルはすでに宗教、芸術、哲学を絶対精神の自己充足として位置づけ、ある意味では精神の自己療法として位置づけた。
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