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深く「読む」技術 思考を鍛える文章教室 ちくま学芸文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2010/04/10 |
| JAN | 9784480092915 |
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深く「読む」技術
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商品レビュー
3.2
8件のお客様レビュー
これはいわゆる理系のよみものではないなあ、とまず思いました。 とっつきが悪い本であり、深く読むための技術書ではありません。 ある文を深く読むためには、その前後の言葉を含めて、勘案をして類推をするといった言葉が頭に浮かんできました。 補講を含めて各講の順序もロジカルといったものは...
これはいわゆる理系のよみものではないなあ、とまず思いました。 とっつきが悪い本であり、深く読むための技術書ではありません。 ある文を深く読むためには、その前後の言葉を含めて、勘案をして類推をするといった言葉が頭に浮かんできました。 補講を含めて各講の順序もロジカルといったものはまずなく、情緒的というか感傷的というか感情的な流れになっているのでは。 また文章を、その枠組みと核心との組み合わせととらえていて、その物語が推移していくことを、枠組みが変質していくような捉え方をしているのは新鮮でした。 気になった点は、次の通りです。 ・文章を書くということが自分の頭を洗いざらい総点検することだ。 ・読む・書く・考える・わかる・自分に眼を向ける・自分の既存の理解の枠組み ・「百姓」は、百の姓の一つとして、船乗りであってもいいのに、既存の概念から農民という考え方からぬけだせそうもない。 ・「わかったつもり」は意外に陥りやすく、陥っていながら、なかなか気がつかないものです。・ ・思い至らないということは、端的には、説明を聞く経験をしてこなかったから ・空想とは違い、想像力は、自分の経験した世界やそれと類似した世界を外れてはうまく働かない。 ・自分の理解の枠組みを絶えず検討する態勢を経験的に自分のなかに組み込むことができるようになるのは、一連の経験を積み重ねる必要がある。 ・納得するということは、新しい体験と知見を自分のなかに取り込み、それまでの経験と統合させて自分を一つ豊かにすることである ・事実と判断には、余計なものが入りすぎていて予断が事実を覆い隠していると言えるほどです。これを脚色された事実という ・事実を認定するということは、結局は、文章を的確に読むということです。 ・対象のおさまる「枠」を発見すること、分析することとは、①全貌がおさまる枠を発見すること、②事態の核心を発見することです。 ・分析している状態とは次の3つのいずれかである。 ①漫然とではあっても、全貌がわかっている事態を分析する ②分析を通して、浮かび上がってきた事項について、自分の理解の範囲を超えていていて、受け留めかねる ③分析が本当に行き詰まってしまっている、自分の理解が吹っ飛んでしまった状態に陥る ・二項対立をもちいて提示された事象については、その中で議論をするのではなく、対象を取り巻く環境から、考え直してみること ・歴史を語るとき、いきなりその核心から入るのではなく、周辺から話を始めるやり方がある。 ・歴史について語るとき、その批評、批判を語ること、「理解の枠組み」「思考の枠組み」も容認していて、その本を書いた著者を理解するために心持ちゆっくりと読むことを推奨している。 ・ここでは、正しいのかどうかということは、扱ってはいない。 ・第8講は独特である。そのテーマは、行きなずむ想念、余韻、頭で理解するのではなく心で理解をすること、それには、文章のなかには頭ではなく、心で読まなければならないこと。 ・心には頭で読むより言葉を深く読む力がある。ようは、、深く読むためには、頭でなく、心で読めといっています。 目次 はじめに 第1講 知識を理解に変える 補講1 「すり合わせ」と「かみ合わせ」 第2講 事実と判断 ある教室風景を題材に 補講2 誤字 第3講 事実と判断 ある教室風景を題材に(続) 補講3 文章は読むことから 第4講 「私は馬鹿です」 補講4 ベクトルの延長 第5講 人の軌跡に読み取るべきもの 補講5 できあいの言葉と分析 第6講 人の軌跡に読み取るべきもの(続) 補講6 「その発展として」 第7講 眼を覆うヴェール 補講7 文脈と現実の脈絡 第8講 行きなずむ想念 補講8 「考える」という営み 第9講 あるべからざる者として 終わりに あとがき
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これを読んで「文章」を考えると枝葉のように広がって、もうわっさわさ。 難しい箇所も多かったけれど、引用文が多方面にわたっていたので読みきれた感じ。引用文が自分の興味に近いと、考察部分もスムーズに。内容とは異なるかもしれないが、自分の好む文章がなぜ好ましいのか、にも出会えたような。
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文章の字義的な意味とその奥にあるものを深く追求することで、みずからの内にある既存の理解の枠組みを揺さぶるような読書の仕方を、実際に著者とともに文章について考えていくことで読者が体得することを狙った本です。 内田樹の『下流志向』や竹内敏晴の『ことばが劈かれるとき』、色川大吉『近代...
文章の字義的な意味とその奥にあるものを深く追求することで、みずからの内にある既存の理解の枠組みを揺さぶるような読書の仕方を、実際に著者とともに文章について考えていくことで読者が体得することを狙った本です。 内田樹の『下流志向』や竹内敏晴の『ことばが劈かれるとき』、色川大吉『近代国家の出発』、須賀敦子『トリエステの坂道』、野坂昭如『火垂るの墓』などが取り上げられ、そのほか、網野善彦が「百姓」について新聞記者に語った話や、夏目漱石が久米正雄の「私は馬鹿です」という言葉について評した書簡などについても、深く読み解くことが試みられています。 著者の解釈は、ときに無手勝流と見えるところがあります。たとえば内田樹に対する著者の批判は、確かに内田がある一定の予断を持って文章を綴っていることや、そうした彼のスタンスと彼が理想とする教育のあり方との間のつながりが断絶してしまっているというところに向けられており、非情に鋭いと感じましたが、その一方で、内田がそこで提示している枠組みそれ自体の意義まで否定することはできず、著者の批判がその部分に及んでいないのは、少し偏っているようにも思えます。ただし、それこそが本書の強みでもあって、読者は著者とともに内田の議論を批判的に検討することで、内田があらかじめ設定している理解の枠組みに揺さぶりをかけて、「読むこと」が同時に「考えること」でもあるというスリリングな体験をすることができるのではないかと思います。
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