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小説神髄 岩波文庫
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
発売年月日 | 2010/06/18 |
JAN | 9784003100417 |
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商品レビュー
3.2
7件のお客様レビュー
小説とは何か?からはじまり、その後は小説家へのアドバイスになってた。 感想を一言で言えば、つまらない。 教科書のような本で、たくさんの本を読んだ人には退屈に思える。 ただ、小説家を目指している人・目指す人は一度読む方が良いとオススメする。
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流れては消えていき、無限に広がって変化していくように思える話し言葉ではなく、書き言葉として論理的思考をつなぎとめておくため、地の文の在り方が初めて世に問われた。日本人はこうして人間を理解する方法をひとつ増やしたのだと思う。 以下は小説神髄とともに収録された『詩歌の改良』より引...
流れては消えていき、無限に広がって変化していくように思える話し言葉ではなく、書き言葉として論理的思考をつなぎとめておくため、地の文の在り方が初めて世に問われた。日本人はこうして人間を理解する方法をひとつ増やしたのだと思う。 以下は小説神髄とともに収録された『詩歌の改良』より引用。読み仮名、句点は筆者。 「美術は国家の花ともいふべく実学は其葉其枝(そのはそのえだ)なり。桜の枝葉を培養するは四月の爛燦(らんさん)を愛すればなり。花を観るの日を俟(ま)てばなりけり。」 福沢諭吉は小説なんぞとの態度であったようだが、現在の国語の教科書に夏目、芥川、中島が載っているのは坪内逍遥が小説に芸術性を見出そうとしたから。実学実益も当然あった方がよいが、実益だけの世の中なんて、ツラいわ!!
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1885(明治18)年刊。 日本文学史上の重要書とされるものだが文語体なので敬遠して読んでいなかった本。読めないことはない程度で、ときどき古語辞典も引いた。 「小説」なる語のシニフィエとして、逍遙は西洋近代小説(主にイギリス?)をイメージしており、源氏物語以降の日本の物語群か...
1885(明治18)年刊。 日本文学史上の重要書とされるものだが文語体なので敬遠して読んでいなかった本。読めないことはない程度で、ときどき古語辞典も引いた。 「小説」なる語のシニフィエとして、逍遙は西洋近代小説(主にイギリス?)をイメージしており、源氏物語以降の日本の物語群から草紙系に至るものも広義の「小説」として扱ってはいるが、里見八犬伝に代表され、その後明治の初め頃まで似たようなものが乱発されていたらしい「勧善懲悪」的な物語を、逍遙は批判している。例えば「善」側のモデルとして描かれる人物はみな完璧なタイプに過ぎず、欲望や情動に揺れる人間性(人情)が写し出されていない。この批判テーマが有名な 「小説の主脳は人情なり、世態風俗これに次ぐ」 というモットーになる。 確かに、バニヤンの『遍路歴程』のような、人物が寓意に過ぎず作者が外側に明示されその意志で人形を操るように物語を進めるような書き方は、あまりにも硬直していて面白さを感じない。私の考えで言えば、それは物語内の諸要素が、それ自体の自己組織化に任せていないために作品世界が有機性を欠くためだ。逍遙が言うように主人公らの「人情」を重視して、その性質の自然な推移に任せて動かしていった方が面白いだろう、ということは分かる。 もっとも、坪内逍遙のこの考え方自体も恣意的であって、「まあ、この人はこう考えたんだな」という程度ではある。物語をどのように評価するかということは、文化上のもろもろのコンテクストに委ねられているので、その定位の仕方は交換可能なものだろう。 が、本書が以降の日本近代文学に与えた影響の大きさは、きっと決定的なものだったのだろうとは考えることが出来る。 さまざまな江戸文学に触れられている中で、私が頗る高く評価し、西洋の近代文学に比すべきものとさえ考えている上田秋成の『雨月物語』(1776)については、何故かまったく言及がない。怪異ものについては語ることさえ無駄と逍遙は思ったのかもしれない。 あと、小説は「美術」の一つ、と頻りに言っていて、この美術はこんにちでは「芸術」と言われていることなのだろうが、芸術という語はこの頃まだ使われておらず、美術は視覚芸術に限られていなかったようだということが気になった。確かにartを訳せば、芸術も美術も同じことになる。では、現在の意味で芸術・美術という語が定着したのはいつ頃のことなのだろう?
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