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沖縄戦、米軍占領史を学びなおす 記憶をいかに継承するか
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 世織書房 |
| 発売年月日 | 2009/10/30 |
| JAN | 9784902163452 |
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沖縄戦、米軍占領史を学びなおす
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非常に感銘を受けた。沖縄戦についての証言を聞いたり読んだりするときや、沖縄戦について他者に伝えるときの指針として。以下は引用。 “私たち戦後世代は、非体験者であるにもかかわらず、沖縄に生まれ育ったという〈特権〉により、体験者の体験にもたれかかり、その視線で安易に語りすぎているの...
非常に感銘を受けた。沖縄戦についての証言を聞いたり読んだりするときや、沖縄戦について他者に伝えるときの指針として。以下は引用。 “私たち戦後世代は、非体験者であるにもかかわらず、沖縄に生まれ育ったという〈特権〉により、体験者の体験にもたれかかり、その視線で安易に語りすぎているのではないか……今、戦後世代の私たちに問われている緊要なことは、非体験者としての位置を自覚しながら、体験者との共同作業により沖縄戦の〈当事者性〉を、いかに獲得していくことができるかにある”(p.ii) “すなわち、戦後世代は、体験者にはなりえないが、体験者との共同作業を積み重ねることで「当事者性」を獲得することが可能だということである。”(p36) “ルナンはその講演で、国民とは「共通の記憶」に依拠していると同時に、その共有されない多くの事柄を「忘却」していると強調し、その「忘却」は国民を創造するための本質的な因子ともなるが、それは「歴史的誤謬」でもあると指摘し、そして「歴史的探求」とはそのことを明るみに出すこと……”(p59) “日本政府の「オフィシャル・メモリー」に対して、沖縄戦の「ヴァナキュラーな記憶」を日本国民の共通の「パブリック・メモリー」として、いかなね構築できるかが問われている。”(p145) “「パブリック・メモリー」が「和解」という名によって「バナキュラーな記憶」を包摂し回収しようと企てることに対して、むしろ私たちはその違いやズレこそ浮き彫りにしなければならない。安易な共感よりも、その違いやズレを際立たせることが今最も必要だと考える。”(p161) “沖縄の「バナキュラーな記憶」に根ざしながら、その「バナキュラーな記憶」や日本の「ナショナル・ヒストリー」を超えるあり方として、……「平和の礎」での韓国や北朝鮮の刻銘碑の空白部分に象徴される日本の植民地主義における加害性について、私たちは沖縄においても繰り返して問わなければならない。”(pp165-166) “地上戦としての沖縄戦の体験は、日本における例外的な事例だと考えるのではなく、東アジアや東南アジアさらに南太平洋地域に共通する歴史的体験だととらえなおして、考察することが重要だと言うことが認識されよう。”(p179) “「命どぅ宝」という言葉は、教科書検定で沖縄戦での住民虐殺が削除されたことにより、沖縄戦体験者を中心とする県民が、沖縄戦にあらためて向かい合い「主体的」に語りなおして「(再)発見」した言葉だった。この事実こそが、「命どぅ宝」という言葉をとらえるときに、最も重要な論点だと私は考える。その重要な論点を看過しながら、近年の平和団体のアピール文でキャッチフレーズとして使用されている現象だけをとらえて、大衆運動の組織者が一方的に民衆の言葉を政治的に流用したとする解釈が、いかに皮相で浅薄な解釈であるかがわかろう。”(p208) “……しかし近年の琉球史研究は、その「客観的中立性」という御旗によって、社会の支配的な価値観を無批判に受け入れている場合が少なくなく、「非政治的」立場を装いながらきわめて「政治的」な役割を果たしている場合が多い。”(pp209-210) “今、私たちに問われているものの一つは、中心から排除された物語を、いかに組み込んで重層的に叙述できるかにあるのではなかろうか。”(p316)
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http://okinawa-am.net/before2013/BookReview/beigunsenryoushi.html
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