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読むと書く 井筒俊彦エッセイ集
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 慶應義塾大学出版会 |
| 発売年月日 | 2009/10/26 |
| JAN | 9784766416633 |
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読むと書く
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商品レビュー
4.3
6件のお客様レビュー
私たちは多くの文化や宗教や言語に囲まれて生きて一生を終える。その最中で、様々な価値観や視点、考え方、捉え方として世界各地で日本も例外無く打つかる出来事を目にする。本著では言葉と言語をとおして、人間意識と世界の普遍的な深層を探り、異なる文化や宗教を対話させることを目指しており、それ...
私たちは多くの文化や宗教や言語に囲まれて生きて一生を終える。その最中で、様々な価値観や視点、考え方、捉え方として世界各地で日本も例外無く打つかる出来事を目にする。本著では言葉と言語をとおして、人間意識と世界の普遍的な深層を探り、異なる文化や宗教を対話させることを目指しており、それがソシュール、荘子、イスラムの文字神秘主義などを自在に往還しながら、そこに通底する「言葉の存在論」(言語が存在をどう立ち上げるか)を浮かび上がらせ、その際、「読む」と「書く」という営みが、世界と自己を開いていく実存的な思索のかたちとして位置づけられていると説き読者へ思索を提案し提供してくれている。 さて、本著では「読む」と「書く」ということがキーワードが軸となっている。「読む」は室内で文字をなぞる行為ではなく、砂漠の民が風の微細な変化を察知するように、テクストを通じて世界や他者の徴候を読み取る出来事だと描き、「書く」は自分の考えを書きつける以上に、書くうちに立ち現れてくる意味そのものを展開させる行為であり、異なる者との出会い・触発の場として理解すると捉えている。 さて、本著はエッセイだ。単なる随筆ではなく、著者の研究人生を反映した書である。私は本著の内容が、特定の教義や文化の優劣ではなく、深層で共有される問題意識(存在・意識・言語)を探る「世界と対話する哲学」が一貫していることと、若き日の知的遍歴、師友との邂逅、国際的な学者との交歓を語ることで、「生き方そのものが思索である」という知のスタイルに同意する。まさに研究人生といえるだろう。 本著は専門分野という垣根を越えて、人間意識には相互理解のための普遍性が宿るという直観が描かれており、その普遍性を「存在零度」や先言語的な意味の無規定性として捉え、そこから各宗教・哲学の世界像を照射し直そうとする試みる良書であるといえるだろう。
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「みすず」読書アンケート(1980 - 1981) 「読む」と「書く」 井筒俊彦全集 第7巻 https://yasu-san.hatenadiary.org/entry/20110107/1295735469
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井筒俊彦ってエッセイもあったのか~くらいの軽い気持ちで買ったけど、中身はほとんど学術的な話、特に付録の言語学部分は門外漢にはとてもついていけないような高度な話に終始しているのでかなりカロリーの高い本だった(しかも付録含めて700ページ以上ある)。中身は論文や講演、手紙、推薦文やち...
井筒俊彦ってエッセイもあったのか~くらいの軽い気持ちで買ったけど、中身はほとんど学術的な話、特に付録の言語学部分は門外漢にはとてもついていけないような高度な話に終始しているのでかなりカロリーの高い本だった(しかも付録含めて700ページ以上ある)。中身は論文や講演、手紙、推薦文やちょっとした寄稿の寄せ集め。 エッセイと言えなくもない部分も最近の学会や研究報告といった感じで、エッセイ的な生活感はあまりない。というか、俗世間のことは興味ないんだろうな、という感じがありありで好感度が高い。戦争体験のことすらほぼ触れないのはこの年代の方の書き物にしてはかなり珍しいのではないか(ほかの著書で書いているのかもしれないけど)。たまにアジアを導く日本の責任みたいなことが書いてあって時代を感じるくらい。それすら、イスラムや東洋思想研究の意義として持ち出してくるだけの話なのだから。 高野山の講演の書き起こしらしい「言語哲学としての真言」が特に面白かった。ソシュール、荘子やイスラームの文字神秘主義など自在に渡り歩きながら、そこに通底する言葉の存在論を浮かび上がらせる鮮やかさには本当に脱帽する。このマクロからミクロへズームも自由自在、それでいて独自の焦点を失わない思考と見識の深さは到底常人のものではありえない。まさに天才だ。学生時代は井筒氏訳のクルアーンや著作を読んでいたから、なんだか懐かしく、そして改めてそのすさまじさを感じる読書になった。
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