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法然と親鸞の信仰(上) 講談社学術文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 1977/06/01 |
| JAN | 9784061581555 |
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法然と親鸞の信仰(上)
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法然と親鸞の信仰(上)
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倉田百三はこの上巻で、法然の生い立ちから生涯を振り返り、彼が残した『一枚起請文』の解説を通して浄土宗の教えと法然の考えをわかり易く紐解く。 まとめようと読み返していると、作者から慈しむ声で懇々と浄土宗の手ほどきを受けているような不思議な気持ちになる。これが教科書のように読む効果な...
倉田百三はこの上巻で、法然の生い立ちから生涯を振り返り、彼が残した『一枚起請文』の解説を通して浄土宗の教えと法然の考えをわかり易く紐解く。 まとめようと読み返していると、作者から慈しむ声で懇々と浄土宗の手ほどきを受けているような不思議な気持ちになる。これが教科書のように読む効果なのかも知れない。 法然は15歳で比叡山西塔に出家する。 18歳、黒谷の庵に移り法然坊源空と号す。 24歳まで、生死を離れた安心立命を目指して非常な精励をした。「若い法然には真信打発の契機が熟さず懐疑し煩悶し学問や観念やでは到底生死が離れられないと絶望しきったとき」、43歳で「読み過ごした文字が‥‥新しい神来的な光明をもって新天地新世界を啓いて見せた」。それは「法然を歓喜させ声をあげ踊り上がり流涕して即座に安心決定させた」 1175年の立教開宗の場面である。 「浄土宗の信仰は法蔵比丘がまだ仏でなかった時ありとあらゆる難行苦行をして自ら阿弥陀仏となって西方極楽浄土に住み一切の凡夫をただ仏名を唱えさえすれば浄土に迎え摂って呉れるということを疑わずに信ずること」「他力の救済、仏の願力によって救われる道、今までは自分の力で救われようとしたため救われなかった」という。以後法然ほどあらゆる階級あらゆる種類の人々に結縁して帰依を得、法をときえたものは釈迦を除いては世界に類比がない、と作者は書く。 54歳、大原立禅寺で宗教会議(大原問答)が開かれ、宗派としての承諾を得る。 その後、山門や興福寺など聖道門側の浄土宗への危機感による妬みで法難の時代になる。 75歳、浄土門念仏禁制の宣告を受ける。 藤井元彦という罪名で讃岐国へ流罪、親鸞も越後へ流罪、高弟も多数死罪や流罪となる。法然は配流先でも法を説き暮らす。 5年後赦免により京都東山大谷の庵に帰る。 そこで『一枚起請文』を書く。 80歳で没する、出家してから66年の生涯であった。 作者は後半の「一枚起請文講評」の章で「直接に法然上人の信仰そのものその安心立命の本質について私見を述べる」といい、全文を掲げてそれを暗記するとよいともいう。思いを込めた丁寧な説明だ。 ・なくてはならないものはただみ仏の誓い をたのんでそのみ名を唱えるという事 のみである ・いわゆる「さかしら」という感じほど 信仰の雰囲気と背馳するものはない ・信仰というものは思慮分別がすたれて非 思量底の世界が現前する時に生まれる ・三心とか四修とかいうが、それはみな 南無阿弥陀仏を唱えて必ず往生さして いただくぞと思い定める心の中にこもっ ている ・悪事よりも虚仮(こけ・うそ)を余計忌む ・たのむ心はすてる心から生じる 一度 身を捨てる心において大死底の人と ならねばならぬ ・初めに我が身の罪深い境界であること を深く信じよ ・弥陀の本願はすべてを放下した無一物 の凡夫を救うことを目的としたもの ・何が善であるかを探し求めて哲学に芸術 に生活により探究に探究を重ねた結果 暗黒なる懐疑と絶望的な虚無とをくぐり 抜けてついに念仏に ・・・ 法然の後に親鸞がその信仰を徹底させた。親鸞は徹頭徹尾法然に対して敬虔であり忠実な後継者であった。別宗開立の意思はなかった。 その親鸞の浄土真宗によって法然の浄土宗がより充実し確立したと思う。 『法然と親鸞の信仰』(上・下)を通して読んでいると、宗教以外の普通の本の読書とちょっと違う気持ちになる。宗教の教義・信仰の話と科学知識の解明・実証とは思考回路が異なる。一部哲学と重なる気もするが、宗教には思考や論理を尽くした後に「信じる」というプロセスがある。 倉田百三は宗教とは何か、そして仏教とりわけ浄土教とは何かをこの薄い上・下の冊子で説明している。仏教内の法然・親鸞の浄土宗・浄土真宗の従来の諸宗との違いについても。 彼は法然と親鸞の求道の旅に同行(どうぎょう)しようとしているようだ。
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序◆はしがき◆内容一般◆法然の生涯◆一枚起請文講評 著者:倉田百三、1891庄原市-1943、劇作家・評論家、旧制第一高校中退
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この本の序に、「一枚起請文と歎異鈔とは、人間の魂の中に灯をともすような書き物だ。深い深い魂の海の底に錨をおろすような文章だ。これを読むと我々はいつの間にか、佛智の不思議と、見えない手とが人間の生活を支えているのを感じるようになる。歎異鈔よりも求心的な書物はおそらく世界にあるまい。...
この本の序に、「一枚起請文と歎異鈔とは、人間の魂の中に灯をともすような書き物だ。深い深い魂の海の底に錨をおろすような文章だ。これを読むと我々はいつの間にか、佛智の不思議と、見えない手とが人間の生活を支えているのを感じるようになる。歎異鈔よりも求心的な書物はおそらく世界にあるまい。 この書には、また、物柔らかな調子ではあるが、恐ろしい、大胆な、真剣な思想が盛ってある。見方では毒薬とも、阿片とも、利刃ともとれる。がそれは宗教の蜜意を取り扱ってあるからだ。そして、どこまでも敬虔な、謙虚な、しかし真理のためには何者をも恐れない態度で書かれているのである。文章も日本文として実に名文だ。国宝と言ってもいい」と書いています。私が、変に注釈をつけると、この本を汚す思いがするので遠慮しますが、もし、機会があればぜひ一度お読みになることをお勧めいたします。
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