1,800円以上の注文で送料無料
街道をゆく 新装版(7) 甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみち ほか 朝日文庫
  • 中古
  • 書籍
  • 文庫
  • 1225-02-03

街道をゆく 新装版(7) 甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみち ほか 朝日文庫

司馬遼太郎【著】

追加する に追加する

街道をゆく 新装版(7) 甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみち ほか 朝日文庫

定価 ¥770

495 定価より275円(35%)おトク

獲得ポイント4P

在庫なし

発送時期 1~5日以内に発送

商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 朝日新聞出版
発売年月日 2008/09/30
JAN 9784022644466

街道をゆく 新装版(7)

¥495

商品レビュー

3.6

11件のお客様レビュー

レビューを投稿

2026/01/12

▼「砂鉄のみち」が強く印象に残っています。「銃・病原菌・鉄」でも読みましたが、「鉄が文明を、歴史を呼ぶ」というようなお話。島根県、鳥取県あたりに砂鉄の採取場が多い。それは朝鮮から渡来した技術である名残が?と。 ▼(本文より)木器や石器が道具の場合、人間の欲望は制限され、無欲で...

▼「砂鉄のみち」が強く印象に残っています。「銃・病原菌・鉄」でも読みましたが、「鉄が文明を、歴史を呼ぶ」というようなお話。島根県、鳥取県あたりに砂鉄の採取場が多い。それは朝鮮から渡来した技術である名残が?と。 ▼(本文より)木器や石器が道具の場合、人間の欲望は制限され、無欲でおだやかたらざるをえないのである。木の棒で地面に穴をあけてヤムイモの苗を植えたり、木製のヘラで土を搔いて稲の世話をしているぶんには、自分の小人数の家族が食べてゆけることを考えるのが精一杯で、他人の地面まで奪ったり、荒蕪の地を拓こうなどという気はおこらないし、要するに木器にはそういう願望を叶える力はない。鉄器の豊富さが、欲望と好奇心という、現象的にはいかにもたけだけしい心を育てるのではないか。 日本は室町期から戦国期にかけて、農業生産高が飛躍する。農業者一人が、何人もの非農業者──武士、商人、馬借、車借、遊芸人、僧侶など──を食わせるだけの余剰分ができた社会といえるであろう。 商品経済の賑わいは、空前といっていい。たとえば桶という商品を大量に作るにしても、指物道具という鉄器が無数に要る。それによって桶問屋という流通をにぎる者ができ、多くの桶職人をかかえた。 この時代の一特徴は、数寄屋普請や城郭建築の盛行だったが、この技術をささえるためには、多種類の大工道具や指物道具を必要とした。これも、鉄である。鉄が少なければ、ひとびとを駆ってこういう建築を嗜好せしめたり、自分も建てたいと願望させたりすることはできない。さらにはこの時代に勃興した商品経済が江戸時代にひきつがれて日本的充実を見、明治の資本主義の導入を容易にする ▼(本文より)神武天皇というのはむろん架空の存在であるが、『日本書紀』に出てくるその皇后の名がおもしろい。姫蹈韛五十鈴姫ということになっている。名からすればタタラ技術集団の親分の娘といった印象なのである。  ▼(本文より)十七、八世紀のイギリスの例でもそうだが、木炭による製鉄業者はつねに森林のそばへそばへと移動する。一つのその森林を食いつくしてしまうと他の森林へ移動し、たとえばウエールズ地方のディーンの森などは十八世紀には丸裸に近くなったという。  ▼(本文より)朝鮮民族というすぐれた民族が寡少な農具にあまんじていたということは、さきの章で述べたことを繰りかえすようだが、砂鉄を吹いて鉄にするための樹木がすくなかったことによる。くわしくいえば、日本地域とは異なり乾燥地帯であるために山の木の自然的復元力が無いにひとしいというためであり、要するに、地域が乾燥しているかあるいは湿潤であるかによって、朝鮮地域にすむアジア人と、一方日本地域に住むアジア人とが、歴史の長い時間での様相を異にし、さらには民族性をも異にしてしまったというところへ私の妄想はつづく。 ▼(本文より)資本主義にも効用があった。資本主義の胎内から生れたものが合理主義であるということである。合理主義は資本主義社会でなければ生育しないといわれているが、私はこれに多少つけ加えたい。資本主義の前段階として商品経済時代を置くとすれば、商品経済の旺盛な社会もまた、不完全ながらも合理主義に近似したものは育つのではないかとおもう。 日本の場合、室町期に成立した商品と流通の旺盛な経済は、織田信長という合理主義の権化のような男を作り出したし、江戸期になると商人の世界だけでなく諸藩の経済思想にまでそれが入った ▼(本文より)乾燥した中国内陸部や、鴨緑江流域をのぞく朝鮮は、いったん森林をほろぼすと、容易に復元できないのである。 この点、梅雨期から夏にかけて高温多湿な日本は、山そのものが多量の水をふくんでいわばスポンジのようになっており、こんにちの強力な土木機械による自然破壊がはじまるまでは、日本では禿山にしようとするほうが至難だといわれてきた。このため上代以来、はるかにのちの石炭を燃料とする熔鉱炉の出現まで、砂鉄によって鉄をつくるのに木炭が不足などということは、全国をおしなべていえばまったくなかったといっていい。この意味では、明治までの日本の鉄は、日本の豊富な水がそれをつくってきたということが言える。 明治以前、中国、朝鮮そして日本の鉄の生産量は、それを比較すべき資料があるはずがないが、もし腰だめでいえるとすれば、日本はよほど多量に生産していたに相違ない。 ▼(本文より)日本中が、マツタケをよろこび、越前ガニを美味であるといい、牛肉は松阪にかぎると言い、すしのたねにウニが欠かせないというふうに、味覚までがマスコミ化して全国にゆきわたる大現象がおこるのは、昭和三十年代以後のことではないか。 このために、ウニが高級なものになった。 

Posted by ブクログ

2025/03/17

四国にはキツネにまつわる話が殆どなくタヌキのみ 砂鉄から1200貫の鉄を得るのに4000貫の木炭(ひと山) ケラ鉧 加茂町には古代からたたらがあった(朝鮮から) 津山の吹屋町に百済性;鋳物屋

Posted by ブクログ

2024/03/11

甲賀伊賀道、大和と壷坂道、明石海峡と淡路道、砂鉄の道といった複数の諸道が一冊に含まれており、それぞれが連関していると思って読み進めたがそうではなく独立した項目。古代中国朝鮮から日本の山陰地方へ製鉄たたらの技法が伝承した事を論じる砂鉄の道が1番わかりやすかった。おおくの水と材木を必...

甲賀伊賀道、大和と壷坂道、明石海峡と淡路道、砂鉄の道といった複数の諸道が一冊に含まれており、それぞれが連関していると思って読み進めたがそうではなく独立した項目。古代中国朝鮮から日本の山陰地方へ製鉄たたらの技法が伝承した事を論じる砂鉄の道が1番わかりやすかった。おおくの水と材木を必要とする鉄の製造に気候風土的に適していた日本が朝鮮よりも発展していったと論じる鉄と文明の密接な関係性に想いを馳せた。

Posted by ブクログ