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戦国の活力 戦国時代 全集 日本の歴史第8巻
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 小学館 |
| 発売年月日 | 2008/07/30 |
| JAN | 9784096221082 |

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※このレビューにはネタバレを含みます
・戦国時代は室町時代の一部だが、幕府の統制が緩んで大名が割拠した時代なので戦国時代という ・将軍が替わった1493年の明応の政変から戦国時代が始まるとするのが通説。いつを終わりとするかは様々で、信長が将軍を追放した年(1573年)や信長が上洛した1590年を終わりとする説があるが、秀吉が北条氏を滅ぼした1590年までは戦国時代だといえる。また、大坂夏の陣(1615年)までを戦国時代とする説もある。 ・守護と守護代は本来協力し合いながら政治を行っていたが、両者の力が拮抗すると、並び立つことができなくなり、どちらかが抹殺されてしまう。それが戦国時代だった。 ・戦国時代を経て中性的な支配体制は解体。京都や鎌倉など、都市にいた領主(貴族や大寺院)が列島各地に自らの所領をもち、そこの百姓から年貢を受け取る社会構造は終わりを告げる。各藩の武士が百姓を支配し、これを統括する幕府が国家支配を担う体制となった。 ・中世を通して家を存続させてきた武士の多くは没落し、毛利・島津・上杉・伊達といったわずかな家が大名として残った。江戸時代の大名の多くは、家康や信長、秀吉に仕えた武将の子孫であった。 ・1493年の明応の政変では、細川政元が新将軍の擁立を試みて10代・義材を幽閉。脱走した義材は名を義尹とし、細川高国らに支えられて1512年に京都に戻った。 ・1531年に細川高国が滅亡すると、細川晴元は一向宗徒を使って三好氏を破る。しかし、十分な恩賞を与えられなかったことから一向宗側が一揆を起こす。晴元は法華宗徒を使って鎮圧に当たらせるという手段をとった。 ・1536年、法華宗徒の専横を見かねて延暦寺の宗徒が決起(天文法華の乱)。一時は互いに争いながら政治を左右したが、一向宗徒の動きも次第に鎮圧化し、法華宗徒は旧仏教勢力の恨みを買って大敗した。 ・1548年頃、細川晴元からの自立を宣言した三好長慶は、晴元・足利義晴(12代)・義藤(13代)と争う形になる。結局、将軍の復活戦は完敗に。 ・細川政元の時代以来、権力の分裂が進んで全体をまとめるのが困難になっていた。高国が確実に支配していた地域は限定されており、晴元も様々な勢力をまとめあげられずに苦労した。一方で、三好長慶は弟や部下を奔走させて新たな統合を可能にした。とはいえ、三好長慶は家臣の松永久秀の台頭に悩まされる。この数十年の畿内の歴史は、下剋上の繰り返しといっても過言ではない。 ・1567年に斎藤氏を破った信長は美濃一国を手に入れ、京都や畿内への入り口を押さえた。 ・段銭・棟別銭は年貢と違って守護・大名の直轄地、家臣の知行地の区別なく賦課できる税で、戦国大名はこれらの広域課税のシステムを整えて安定的な収入源とした。賦課の前提として行われたのが検地である。これらに加え、戦国大名は領民の労働を徴発した(夫役)。 ・1573年に信長は浅井氏・朝倉氏を滅ぼし、威勢を一気に高めた。
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応仁の乱から大坂の陣までの通史。畿内を軸にしながら、地方の動きや社会のあり方なども追っていく。この十数年で既に古くなってしまった記述もあるけれど、コンパクトにまとまっていて戦国時代を概観するのにぴったりの一冊。
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