愛の旅人(3)

朝日新聞be編集グループ【編】

• 販売会社／発売会社: 朝日新聞出版
• 発売年月日: 2008/07/18
• JAN: 9784022504609

商品レビュー

2022/10/23

朝日新聞be編集グループ編。いわゆ新聞別刷りの連載をまとめたもの（2008年刊行）。後半で書く清水久典さんの最新情報を知りたくて紐解いた。此処には「愛するふたり」の様々が再取材されている。彼らの事情に詳しい人ならば、深い感慨を呼び起こす「後日談」が満載だ。

基本的には愛し合う2人の話であり、興味がなければ後日談を知ったとしても、下世話な類推しか思いつかないので詳しくは書かない。

例えば、「和泉式部日記」の和泉式部と敦道親王、「バレンヌ事件」のマリー・アントワネットとフェルゼン、「我が夫、チェ・ゲバラ」のチェ・ゲバラと妻アレイダ、「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」のジョン・レノンとオノ・ヨーコ、映画「裸の島」の新藤兼人と乙羽信子。

読んでみて「おゝ」と思ったのは、例えば、
遺簡集「われ御身を愛す」の愛新覚羅彗生と大久保武道。彗生（1937-1957）は中国最後の皇帝愛新覚羅溥儀の長女だ。彼女が学習院大同級生と天城山中で心中していたことは、初めて知った。時代のせいか、2人は決して認められない将来を悲観して心中したのだ、というのが記者の見立て。しかし、両親は男の方の無理心中だったという見方を生涯変えなかった。彗生が何処にそこまで武道に惹かれたのかは未だもって謎らしい。なんとなく、現代皇室のあるカップルのことを思った。こういう悲劇も、あの対応には影響を与えているのかもしれない。

もうひとつ「おゝ」と思ったのは、
自伝「道ありき」の三浦綾子と三浦光世。
三浦綾子は「銃口」を一冊読んだきり。思い入れはない。記者は一つの質問を携えて、妻没後8年目の光世に会いに行く。「道ありき」では、綾子の病死した婚約者に生き写しだった光世さんは、結婚後も常に肌身離さず元婚約者の写真を持ち歩いていたということになっている。記者は尋ねる。「綾子さんの『恋人』の写真、今も持っているのですか？」光世さんは、胸ポケットから白黒の写真を取り出す。三浦綾子ファンにとっては、感動の一瞬だと思う。

私は2011年、映画「死にゆく妻との旅路」（塙幸成監督作品、三浦友和・石田ゆり子主演）を観た。実話の手記本を基にして作られた作品である。借金から逃れるための旅を始めて９ヶ月後、清水久典さんは余命幾許もないがん患者の妻をワゴンで寝泊まりさせてそのまま逝かせてしまう。警察は、清水さんを保護責任者遺棄致死の容疑で逮捕する。当時3年前に父親を病院で死なせ悔いを残していた私には、警察の対応は憤りしかなかった。

妻は「病院は1人になるから嫌」と言い、清水さんは妻の想いを受け入れる。逮捕から8年後。清水さんは述懐する（本書取材時60歳）。「女房が殺してくれと言ったり、一緒に死んでくれと頼んだりしたら、楽だったかもしれない。介護の睡眠不足で1日の途切れがなく、ボーッとしたままそういう流れに落ちて、死んでしまっても不思議ではなかった」。私の父親は朝方何度もナースコールをかけた。痛みや苦しみもあったのかもしれないが、おそらく死にゆく恐怖で死にそうだったのだ、と今ならわかる。たったひとりで死んでゆく恐怖は、どんなものだったのだろう。ヤマはこれから来ると思って、私は泊まりの看病体制に入らなかった。それから間もなく意識不明状態になり、2度と話すことはできなかった。清水さんは偉かった。妻と一緒にいるということだけで、偉かった。清水さんにとっては、男のわがままを通した妻への贖罪だったのかもしれない。でも、夫婦は初めてこの時になって夫婦になったのだ。

本書は、あれからの清水さんの近況が分かると思い紐解いた。ネット以上のことはわからなかった。15万部のベストセラーと言っても、清水さんに財産はなく（おそらく借金返済で消えている）、本当に慎ましく暮らしていた。未だ健勝なのだろうか‥‥。