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極限の民族 カナダ・エスキモー
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 朝日新聞出版 |
| 発売年月日 | 1967/06/15 |
| JAN | 9784022545251 |
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極限の民族 カナダ・エスキモー
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商品レビュー
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3件のお客様レビュー
原田ひ香さんの『古本食堂』に登場し、 「世の中をすべて分かった気になっている青年の価値観を揺さぶった本」 として紹介されていたのが、本多勝一『極限の民族』だった。 もう絶版とのこと、図書館で取り寄せ読んでみた。 本書は1960年代、世界にまだ多くの「未知」があり、 それぞれの文化...
原田ひ香さんの『古本食堂』に登場し、 「世の中をすべて分かった気になっている青年の価値観を揺さぶった本」 として紹介されていたのが、本多勝一『極限の民族』だった。 もう絶版とのこと、図書館で取り寄せ読んでみた。 本書は1960年代、世界にまだ多くの「未知」があり、 それぞれの文化が今よりも強く独立性を保っていた時代に書かれたルポルタージュだ。 あまりにも面白く一気に読んだ。 著者はエスキモー、ニューギニア高地人、アラビア遊牧民(ベドウィン)という、 いわゆる「未開」と呼ばれてきた民族と寝食を極力ともにし、暮らしに深く入りこみ記録されたルポだ。文面からも著者自身深く広い知識があり、偏見や偏りを極力なくした思慮深い内容だと思った。 ・極限の自然環境で生きるエスキモーのあまりにも私たちと違う生活様式。何せ寒すぎるし、一日の概念だってない。(太陽が昇りっぱなしだから)食生活だって全く違う。食べるものは狩るしかないのだ。狩れなきゃ飢え死に。そうなってくるとモノの消費について価値観だって変わってくる。 また彼らの生活の中で10以上の数の概念はあまり必要でない。希薄だ。 今まではそれで全く問題がなかったが、押し寄せる近代化の波の中で、その知識がないことはかなり不便だろう。知識は自分を助ける。 ・ニューギニア高地人は明らかに「未開」の人であるが、決して野蛮ではない。 近隣に住む違う部族の子どもへの接し方の違いから、その後の人格形成まで見通す著者の観察は非常に興味深かった。 彼らは確かに原始的ではある。しかし人格の高貴さ、堂々たる人間性という点で、 文明社会に生きる私たちと本質的な差は見当たらない。 偉大な人格も卑小な人格も、どの世界にもいる。 それは民族が違っても変わらない。 ・エスキモーとは対極の極限の自然環境で生きるアラビア遊牧民、ベドウィンについても大変興味深かった。他民族との接触が少なく、侵略される経験がほとんどなかったエスキモーやニューギニア高地人(日本もこれにあたるのだろう)と違い、乏しい自然資源、厳しい環境で生きてきた彼らは略奪文化、の中で生きてきている。他民族への猜疑心、ブッタくり意識、閉鎖的な文化。 筆者も人間不信に陥ってはいるがそれば文化が作る当然の作法(?)なのだという結論に至っている。エスキモーやニューギニア高地人に対して抱いた 「人間は皆同じなのだ」という感傷的な同胞意識が、 見事に吹き飛ばされ、「人間は、なんて違う存在なのだろう」という感覚を覚えている。 世界は理解し合いにくい異民族の寄せ集めだ。 人間の一挙手一投足がその人が生まれ育ったカルチャーから生まれるものであり 「親切」「快適」「人間らしさ」の定義は、文化によってまったく異なる。 現代は、このルポが書かれた時代よりも、はるかに簡単に国境を越えられる社会になった。移民問題や難民問題も、日本とは無縁ではなくなっている。 小さい頃は「私たちは同じ人間だから分かり合える」という価値観の中で生きてきたがある年齢から「違う人間なのだから分からなくて当然だ」という価値観がうまれる。 その二つが、今も自分の中で併存している。 私たちは好むと好まざると、全く違った歴史や文化を持った付き合いにくい隣人たちと世界を共にしている。世界は異民族のより集まりで地球上にはお互いに理解しにくい異民族がたくさんいる、付き合いにくい、理解できない遠い文化の人々を「野蛮人」「未開人」「劣った人々」「残酷」とレッテル張りをすることは、あまりにも無知蒙昧なんだろう。自分たちの生き方こそ人間本来の生き方なんだという自己中心主義、エゴイズムだ。 本文より 「ニューギニア高地人は野蛮ではないが未開であり、原始的であることには違いない。しかし人間の偉さというか人格の高邁さ、尊敬すべき個性、堂々たる人間というようなこと、いわば基本的人間性を考えるとき文明人と未開人とでは逆とまで言わぬまでも全く差異が認められないと思う。 偉大な人格はどの世界にもいるし卑小な人格もまたどの世界にもいる。それは人間とはなんと違うものなんだろうという認識を与えてくれたベドウィンについても変わることはない、驚くべき違う人間とは性格には驚くべき違ったカルチャー出会って違うカルチャの中にそれなりの偉大な人格や卑小な人格がいる。」
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第1部 イニュイ民族(カナダ・エスキモー): 極寒のカナダ北部で暮らすエスキモー(イニュイット)の人々の生活や文化に迫ります。 第2部 ニューギニア高地人: 文明から隔絶されたニューギニア高地の先住民族の生活を描いています。 第3部 アラビア遊牧民: 広大な砂漠を移動しながら生...
第1部 イニュイ民族(カナダ・エスキモー): 極寒のカナダ北部で暮らすエスキモー(イニュイット)の人々の生活や文化に迫ります。 第2部 ニューギニア高地人: 文明から隔絶されたニューギニア高地の先住民族の生活を描いています。 第3部 アラビア遊牧民: 広大な砂漠を移動しながら生活するアラビアの遊牧民(ベドウィン)に焦点を当てています。 古本食堂に出てきた本でした。メルカリで見つけて読みました。ルポルタージュって初めてでしたが、面白かったです。
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今となっては非常に貴重な一冊。 自らの命を賭けてまで、極限の民族と寝食を共にした、その実態を明らかにしようなどというガッツのある、言い換えれば傍若無人なジャーナリストは令和には存在するだろうか? 著者には良い意味での昭和の男らしいたくましさがある。 また、そもそもこれだけグロー...
今となっては非常に貴重な一冊。 自らの命を賭けてまで、極限の民族と寝食を共にした、その実態を明らかにしようなどというガッツのある、言い換えれば傍若無人なジャーナリストは令和には存在するだろうか? 著者には良い意味での昭和の男らしいたくましさがある。 また、そもそもこれだけグローバル規模での近代化が進んだいま、本書に出てくるような極限の民族はまだ存在するのだろうか…。 第一部に出てくるエスキモーも、調べてみると今は雪上バイクを乗り回し、コンクリートの家に住み、iPhone を使いこなしている。 まあ、当たり前だ。 色々な意味で、60年代には健在だった極限の民族を学べ、また昭和のジャーナリズムの質の高さを感じられる、素晴らしい名著だと思う。 今回は図書館の保存庫から出していただき、ようやく読むことができた。 年末に素晴らしい本に出会えたことに感謝。 ちなみに、こんな無茶苦茶な挑戦をした著者は90歳を過ぎた今も元気にしていらっしゃるようです。会ってみたい!
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